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昔のひとは今より頻繁に気絶していたのではないか

昔のひとは今より頻繁に気絶していたのではないか。精神医学史を読んでいると、登場する人物がやたらと「気絶」する気がする。とくに、強いショックを受けたときに気絶している。あるいは、意識がフワーとなって何かに憑依されたり、予言したりする。 「昔の…

読んでいるものから:辺見庸『不安の世紀から』角川文庫、1998年

そのとき私、非常に不思議に思いましたのは事件の当初、最初のころなのですけれども、さして大きなパニックはなかったのですね。静かな現場といってもいい。あのサリンというものがまかれた直後に現場にいた人たちはどういう意味かわからなかったわけです。…

『逆襲のシャア』注解(1)解釈の目的と方針

以下は、富野由悠季原作・脚本・監督によるアニメーション映画『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』の注解である。分量が膨らむことが予想されるため、回を分けて書いてゆくことにする。 作品の概要と解釈の必要性 『逆襲のシャア』は『機動戦士ガンダム』シリ…

R. J. リフトン関連文献一覧

R. J. リフトン(Robert Jay Lifton, 1926-)の著作、論文、かれに関連する文献を可能な限り網羅したリストです。元は修論に使ったものですが、じぶん以外にもだれかリフトンに興味持ってくれたら嬉しいなとおもってアップしました。 もう90歳なのに、さいき…

『シン・ゴジラ』の映画評をWEBRONZAに掲載していただきました

『シン・ゴジラ』の映画評を書きました。 (上)はけさアップロードされ、(下)も明日の午前中に載る予定です。 (上)では本作の演出の特徴を、「ゴジラの不気味さ」と「政府の対応プロセスの過剰な描写」の2つにまとめています。これは、たぶんたくさんの…

本気で樹木に語りかけることは可能か

本気で樹木に語りかけるということは、可能だろうか。可能だとしたら、どんな条件がひつようだろうか。 (1) 普通、誰かに語りかけるとき、返事があることを期待している。したがって、人間が語りかける相手は人間である。多少の例外としてペットに語りか…

いま読んでる本から:『無意識の発見(上)』

メスメルが自分で書いたものを読むと、メスメルは抑鬱期に入っていた。メスメルはそもそも真理を発見することなど絶望だとして、森を歩いては樹木に語りかけている。三ヶ月もの間、言葉を一切使わずにものを考えることをやってみている。しかしゆっくりなが…

犬は「いないいないばあ」をしないという発見

実家の犬(ラブラドール)に、「いないいないばあ」をしてみた。 犬の顔が自分の目の前にある。紙で自分の顔を隠し、紙を上に引き上げて「ばあ」としてみる。すると、犬はわたしの顔の方にはたいして興味を示さず、動かした紙の方を見た。紙を横に動かしても…

電車は祖母である(1歳半視点)

甥が妹(かれの母)に連れられて実家に来るとき、電車を使う。妹によれば、甥は電車を見て「ばあば!」と言ったという。 電車に乗ると「ばあば」と「じいじ」の家に行ける。だから、かれは電車を見たとき、祖母を連想して「ばあば!」と言ったのだろう。「ば…

力とは何か

ニースで花火を見ていた群衆にトラックが突っ込み、80名近くが亡くなったという。朝、ベッドで寝転びながらスマホでニュースを追っていた。悲しいとか恐ろしいとかの「気持ち」では追いつかないような、とらえどころの無さがある。まさかそんなことが起き…

理由なき搬送の世界(1歳半視点)

きのう、甥は母親と祖母(私の妹と母)とデパートに行った。 帰りの電車のなかで甥はぐっすり寝てしまい、その間に祖母は電車を降りて神戸の家(実家)に帰り、甥と母親は大阪の自宅に帰った。 甥は、目覚めると祖母がいなくなっていたので、「ばぁば?Σ(・∀…

セミオートマチック食卓(1歳半視点)

1歳半の甥がいる。かれの食事風景を見ていると、子どもはたいへんやなとおもう。母親もたいへんだが。わたしはへらへらと見ている。 甥は食卓の皿にあれこれと手を伸ばす。基本的に欲しいものがそこにあるようなのだけれど、甥の眼の高さからは、皿の中身が…

災害と現実

現実であるはずなのに、現実として認識が徹底できないような「現実」もある。 たとえば、大災害で何千人もの人が死んだ、といった「現実」がある。 もしその災害で、わたし自身が家族を喪ったり、家・財産・職業を失ったりしたのなら、その現実は、わたしに…

グランフロント大阪というところに行った

事情があって、グランフロント大阪というところへ行った。梅田ヨドバシの裏手にある。すごくぴかぴかてらてらしていた。ガラス! ガラス! ガラス! 高い吹き抜け。 待ち合わせまで少し時間があったので、1階のカフェでホットドッグとアップルジュースを頼…

現実認識と冷静さ

現実を認識するためにもっとも手っ取り早い方法は、クールになることである。 自分が熱心に関わっていることからいったん身を引き、頭を冷やすということがある。あるいは、ひとびとがあれこれ騒いでいるものごとから距離をとって静かに見つめることがある。…

現実認識とはなにか

「現実認識」という語は、ふしぎな表現だとおもう。 認識しているなら、それは現実だろう。ところが実際には、〈認識しているだけの認識〉と、〈現実をしっかりと認識している認識〉が区別されていて、後者が現実認識と呼ばれる。 とくに、自分の身の回りの…

R. J. リフトンから見たエリー・ヴィーゼル

エリー・ヴィーゼルが死んだ。わたしが修論で扱い、いまも折にふれて思考のベースにしているリフトンが、エリー・ヴィーゼルについて自伝で少し触れている。その箇所をざっと訳してみた。 わたしの心のなかで、かれは全てのホロコースト研究と結びついている…

洗濯について、その他

パンツとか肌着とか靴下とかタオルとか、なんだかごちゃごちゃくちゃくちゃしたものをまとめて洗濯して、干して、空っぽになった洗濯機にあらためてお気に入りのシャツだけを2、3枚入れて洗濯するのが、好きであるなとおもった。水がもったいない。 わたし…

現実の隣の隣

現実とは何か、ということが、わかっているようで、わからない。 そもそも、「現実」ということばを知っているということは、「現実でないもの」との対比において現実を知っているということである。現実でないものとは、夢とか、妄想とか、理念とか、勘違い…

現実とはなにか

現実とはなにか、ということが、よくわからない。 このことを考え始めたのは、「リアル」という表現が、もっぱら映画やゲームのCGなどに使われているなーと気づいたことによる。 ふつう、現実とは、リアルなものごとであると信じられている。けれども、実際…

自殺対策、という表現があまり好きではないこと

自殺対策、という表現が、どうにも、好きではない。 「対策」と言われると、何か悪いことが起きているのでそれを解決しましょう、という合意が前提にあるよーな気がする。熱中症対策、情報漏えい対策、アトピー対策、というような。 じっさいに自殺を考えて…

日本国内の哲学関連学会における女性理事の割合

指導教官と話しているとき、現象学会の理事は25人いるけど、そのうち女性は2人しかいない、ということを聞いた。 マジかー。すくない。 ほかの学会ではどうなんだろうとおもって、それぞれのウェブサイトでちょっと調べてみた。暇人か。 (名称 全理事数…

ちゅーをする両親

わたしの両親は仲がよい。朝、父が仕事に出るとき、玄関でキスをする。夜、帰宅したときも、玄関で出迎えのキスをする。わたしが物心ついたときからそうだったし、ふたりとも還暦を迎えた今でもそうである。 欧米か。 わたしはこの両親のすがたが「デフォル…

「論文」、このふしぎな形式

きのうのゼミで、「論文」という形式にどう向きあえばよいのか、といった話になった。 わたしが所属する臨床哲学研究室は、学部生(2〜4回生)が20人くらい、院生も20人くらいいる(らしい)。ゼミは学部生・院生合同である。下は18,9歳の若者から…

カラスを下から呼んではならないという反省

去年の冬休み(年末年始)は至福のときだった。 ひたすら修論を書いた。研究室は(ほぼ)わたしひとりだった。ほとんど何にも邪魔されなかった。疲れると、午後にはコーヒーをいれてひとりで飲んだ。キャンパスもひとかげまばらだった。ひとりであることがあ…

こけること

きのう、迷子とは、迷ったときに対処ができないことだ、ということを述べた。大人も道に迷うことはあるが、たいていの場合は自分でなんとか対処できてしまう。したがって大人は迷子にならない。 道に迷ったときや、親とはぐれたとき、リカバリーする(問題に…

スズメ議会

研究室の窓は校舎の中庭に面していて、窓のすぐそばには木が並んで植えられている。日が暮れ始めたころ、スズメだと思うのだけれど、窓から少し離れた木に鳥がたくさんとまって、一斉にちゃきちゃきちかちかと鳴きあい始めた。たくさんとまって、と書いたけ…

迷子のなり方

迷子になるとは、どういうことだろう。どうやったら迷子になれるんだろう。 ちょっと前、北海道で男の子が山で迷子になって、運良く自衛隊の演習場で発見されたという事件があった。 キャンパス内の理髪店(うちの大学は、生協内で散髪できるのです・・・)…