しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

自分の書いたものにきづく

近日の発表で過去のスライドを1枚くらい再利用しようかなーと思い、昨年の復興学会で自分が発表したときのPPTを見直すといろいろと面白いことを書いていてちょっと驚く。

去年の自分はこんなことを考えていたのか… やるやん… というか発表したんやったらマジメに研究つづけろよ… という気持ちになっている。

 

というか一回ネタ出しに使っただけになってた九鬼周造、マジですまん……勉強するわ…

安倍(前)政権とは結局なんだったのだろうか

安倍(前)政権とは結局なんだったのだろうか。いまさら自分なりに言語化してみようとおもう。

ことばを大切にしないひと(たち)だな、というのが前政権に対するわたしの評価である。それは言行が一致しないとか、過去の法規や歴史を蔑ろにするとか、答弁が不誠実であるとか、端的に嘘をつくとか、そういったもろもろのアクションとして現れることであるけれど、わたしが言いたいのはもうすこし根本的な意味で、「ことば」そのものを深く侮蔑したひとびとであっただろう、ということである。人間はことばと共に生きる。政治家はさらに深くことばのもとで生きる。それを拒絶したひとびとだなという評価をわたしはもっている。

ところで前政権がきわめて興味深いのは、かれらがことばを蔑ろにして、ことばを馬鹿にして、ことばを深く傷つければ傷つけるほど、政権基盤が安定したということである。これは日本の憲政史上、類例を見ないことだろう。これこそが前政権の、安倍晋三という政治家の強烈で唯一の個性だったとおもう。

 

本来、政治家は自分のことばに賭ける生き物である。ことばがかれらの職業生命そのものである。その意味で政治家は作家や教師や詩人と実は近いところにいる。政治家が作家と異なるのは、ナマモノの流動する公共世界でこそ自身のことばが生命を持つ点である。演説、説得、弁明、雑談、討論、傾聴、交渉、こうしたすべてが公共のことばの生命の現れであって、政治家はそこでこそ輝く。

したがって過去の政治家はその功罪・清濁・優劣・大小を別にしても、いずれも自身のことばに自信と信頼を持っていた。前政権より前の総理大臣はみないずれもそうであって、かれらがいかなる技能や家系や幸運や胆力や財力でもって政治生命を延伸していたにしても、最終的にそれはすべてかれら自身のことばによって担保されていた。かれらはことばによって権力を勝ち取り、ことばによって権力を失った。

それはかれらがことばに対して一貫して誠実だったということではない。むしろ逆で、かれらはことばをぎりぎりまで搾取していた、と言ってもいい。ただ、ことばを搾取することができるのは、ことばというものを、そこから自分が利益を得ることのできる存在であると考えているからだ。それはことばに対する一定の信頼の現れでもある。

小泉純一郎氏が現役の首相であったとき、委員会で「自衛隊の派遣されるところが非戦闘地域」とか、年金未納を問われて「人生いろいろ、政治家もいろいろ」と開き直るように言ったことがあった。このように言うとき、かれは不誠実であったけれども、同時に、自分の言っていることが論理的におかしい、政治的・倫理的に危ういことだという自覚を持ちながら話しているようでもあった。表情の端っこにはにかみや気まずさがあった。それは政治家と市民のあいだに最低限の紐帯をたもつ余地にほかならなかった。同様に、郵政民営化を問う総選挙で小泉氏は「自民党をぶっ壊す」というフレーズによって有権者を「劇場」にいざなった。そのとき小泉氏は有権者の熱狂とは正反対の、あまりに冷徹な票読みと戦術戦略を貫徹していたはずである。 だがその一方で、有権者を冷徹に扇動しつつも、小泉氏自身がその扇動のなかに自分を叩き込んでいた。伸るか反るかの賭けに国民の生命を運命を投じ、自分自身の政治生命をも賭けた。それもまた戦術の一つにすぎなかったかもしれないが。 

このようなことばへの信頼関係(それは搾取も含む態度であって、詩人のような純粋なものではないが)は、その政治家の立ち居振る舞いや性格や顔つきに反映した。だから政治家の立ち居振る舞いを知ることは、かれのことばへの関係を推測することにもつながった。ひらたく言えば、どの政治家もそのひと特有の「キャラ」を持っている。そのキャラ自体はひとによって好き嫌いがあろうけれど、たとえば福田康夫というひとがその人のキャラを、麻生太郎というひとがその人のキャラを持っていることはたしかであって、そうしたキャラとかれらのことば使いが共振していることが信じられている。

 

こうしたひとびとに対して、安倍政権は、また安倍晋三氏は、ついに自身のことばを持たなかった。したがってかれ固有のキャラクターや表情の陰影を持たなかった。表情といえば眉間のシワだけだった。

かれは自分のことばやキャラを全く必要としていなかった。かれが実行したのは自分の政権における言語活動を徹底的に無意味にしたことである。首尾一貫性や、共感や、論理性や、対話性をかれは完全に廃した。それによって政権運営は盤石になった。これはものすごい発見であったとおもう。ことばを無意味にすれば、ことばに縛られる必要もなくなる。ことばに縛られることがなくなれば、行動が自由になる。行動が自由になれば、ことばによって国民とつながらなくても支配を強化できる。支配を強化すれば、ことばを無意味にしても問題が無くなる。これは日本の憲政史上初めてのことだったはずである。

ことばを完全に侮蔑し、消失させることで、官邸と政権は日々の行動の意味を失い、機能に徹した。これは安倍氏にとってもそれなりに辛い交換だったかもしれない。憲法改正といった、かれ自身が希求していた意味も手放すことにつながるからだ。しかし実際にかれはそれも手放した。ことばに価値や意味が無くなるのであるから、現憲法も無意味になるし、その改正も無意味になる。「憲法改正」や「戦後レジームからの脱却」といったフレーズはいちおうは発声され続けたけれど、実際のところ言語上の意味は完全に形骸化していたのだとおもう。あくびの伝染とか、アリ同士の触角の触れ合いとか、画面に指で触れるとATMのお札入れの蓋がびーっと開くとか、そういったぐらいの「AといえばB」の次元に転化していた。

左派や知識人はこのパラダイムシフトに対して完全に無力だった。かれらはことばの力を信じる人びとだからだ。滑稽なことだった。

 

なぜ安倍氏は自分のことばをそこまで侮蔑することができたのだろうか。この侮蔑という営為にかれの精神的・身体的能力のすべてが賭けられていたように思われる。

ことばを馬鹿にすると支配を固めることができるということのほかに、安倍氏のもうひとつの発見は、ことばを馬鹿にすると意外と多くの味方を直接獲得することができるということである。そうしたフォロワーの多くは、ことばから直接に力を得るという習慣や経験を持たないひとびとだったとわたしは推測する。かれらはことばに信頼を置くひとびとからしばしば見下されてきた。安倍氏はことばを馬鹿にすることで、ことばに信頼を置くひとびとを(その多くはやはり左派である)も馬鹿にし、支配できることを見せつけた。いまや優劣が逆転したのだ。ようやく奴らを馬鹿にし返すことができる日が来た、というわけである。

そうして、全く無価値な侮蔑の応酬が10年近く続けられた。左派は右派を、右派は左派を馬鹿にした。その多くが品位を失った。とりわけ安倍政権に反対するひとびとは、精神力の全てを投じて安倍氏を馬鹿にした。かれは漢字が読めなかった。かれは追及されると感情的・反射的にまくしたてた。馬鹿にするための材料はいくらでもあった。だが安倍氏は全く動じなかった。ここにかれの恐るべき強靭さ、恐るべき空虚がある。これに比べると左派は全くの甘ちゃんだった。格が違った。日本中で安倍晋三氏をもっとも馬鹿にしていたのは、安倍氏自身だった。その徹底的自己侮蔑の深みに左派は誰も及ばなかったし、政権内のひとびとも同様だった。それによってかれはことばへの侮蔑を維持した。わずかでも自己への信頼や責任や反省が残っていれば、ことばの徹底的な侮蔑は不可能である。安倍氏以上に安倍氏を侮蔑していたひとはなかった。

鷲尾和彦写真集『Station』夕書房、2020年

オーストリア・ウィーン駅の難民の様子を捉えた写真集。

著者あとがきによると、駅にたまたま滞在した数時間のうちに難民の列車にゆきあい、3時間ほどで撮ったものだという。

 

f:id:pikohei:20201007124309j:plain

 

撮られたひとびとの表情が多様であることに少し意外の感をもつ。

疲れ切った顔、不安そうな顔だけではなくて、次の場所への意志や、すっきりした楽観のようなものを感じさせる表情もある。帰省ラッシュ中の日本人家族の表情が意外と近いかもしれない。

とはいえ、こわばった顔は写真のあちこちにある。

 

警察官の表情は、難民の移動がかれらの業務にとって日常であることを思わせる。

故国を去って新しい日常を求めるひとびとの流れがあり、その流れのなかのひとりずつは一度きり・一回きりのそのときの列車に乗り、その流れを次から次へと整然と管理する警察官やボランティアの日常がある。いろいろなものがつぎつぎと壊れ、崩れながら、その場面が一箇所に集約されることで瞬間瞬間に新しいかたちをつくっている。そうしたフラッシュ的なかたちを自分のあらたな人生のかたちへ繋げられた幸運のひとびともいれば、死んだり殺されたりするひともいる。そうした個々の出来事を押し流すように、また翌日には新たな流れが押し寄せる。(わたしは? なんの場面にも接していない)

 

この本についてもうひとつ言うと、写真の面がざらざらしているところがあるのが好き。

 

ここで買った。

 

 

 

 

芦名定道先生のこと

大谷大学の学部生だったころ、芦名定道先生の「キリスト教学」の講義を1年間受けた。芦名先生自身は京大のキリスト教学講座の教員で、大谷大学には非常勤講師として来られていた。(京大に入学したわけでもないのに芦名先生の授業を聞けたのは単純に幸運としか言いようがない)

 

講義は重厚で強烈で、先生の知識そのものが一つの整然とした計画都市のようで、その中のひとつずつの建物が綿密に作り込まれているようなものだった。その都市の入り口に入って、全体地図の一部を見せてもらうのに一年間がかかった。

講義はずっと独特の早口で、「中国のキリスト教は抜群に歴史が古いんですね」と言われたときの口調を思い出す。話すことが多すぎて、通常の2.5倍速ぐらいのスピードでずーっと話し続けるのだ。

そのときの講義でおそわったことは、キリスト教の世界観や基本思想が近代科学の原型となった、ということだったとおもう。このように一行でまとめるとそれだけの話のようだが、2.5倍速で90分間の講義を1年間かけて、膨大な背景知識を編み合わせながらこの筋をたどっていった。碩学という言葉がごく単純にそのまま当てはまるひとであるとおもった。

1年間きちんと講義を受けて、前期と後期に試験(レポートだったっけ?)を受けて、単位をきちんといただいた。そのときのノートやプリントはいまも残している。この経験はわたしの代えがたい財産である。

 

今回、名誉ある6名の学者として政権から認定を受けたという報道の中に芦名先生のお名前を久しぶりに拝見して、ただ1年間講義を受けただけの自分だけれど、たまたま思い出すことを書くことにした。

幻に終わった日本最初のアスファルト舗装

 一方、日本で初めてアスファルト舗装が実施された場所はどこでしょうか。それは、明治11年(1878年)に、神田昌平橋で行われた橋面舗装です。実は、この前年に東京上野公園で開幕した第一回内国勧業博覧会の会場で、日本発のアスファルト舗装を試みられていました。ときの東京府知事、由利公正は、岩倉具視を特命全権大使とした使節団の随員として、欧米のアスファルト舗装道路の実状を見聞し、その重要性と将来性を感じました。

 そこで、会場の園芸館の床に秋田産の天然アスファルトを(土瀝青)を使用し施工を試みましたが、作業員が不慣れであったため、誤って加熱中の天然アスファルトを燃え上がらせてしまいました。そのため、可燃性の材料を道路に使用するのは危険だという声が上がり、工事は中止となり日本初のアスファルト舗装は幻に終わったのでした。

(日本道路建設業協会技術政策等情報部会「道路舗装の誕生~明治時代」『道路建設』2020年9月号、69頁)

 

 

 燃えたので危険だからやめようという反応は思考が素朴・健康で面白い。当時の関係者の試行錯誤を想像する。

乳母がいて女官は死ぬ

高校のときだったと思うが、国語の古典の授業中にこんなことを先生に言われたのを覚えている。曰く、「女のひとって授乳期間中は月経が止まるのね、だからその間は妊娠しない。でも赤ちゃんを乳母に預けたら授乳しなくなるから月経が再開して、セックスしたらまた妊娠する。すると体力回復せずに妊娠をくり返すことになって、栄養状態が悪くなって死んでしまう」。

どのような教材の授業中だったか、どのような文脈であったかまでは覚えていない。おそらく平安期の宮中の女官が貴族の子を産むけれど早死にして…という流れで、その背景を説明したのだろう。

 

この話を覚えているのは、ひとつには教室で生徒がだれもニヤニヤしたり茶化したりしなかったことだ。それは先生の側が、無理な「構え」をつくらず普通にストレートに話したからで、生徒もそれをそのまま受け止めたということなのだろう。女性の先生で、30代ぐらいだったはずである。生徒を大人として扱ってくれているという感覚があったのを覚えている。

もうひとつは、平安時代の宮中の女官という特殊な立場ではあるけれど、女性の生命や存在が大事にされていない、しかもそれが男性貴族と女性、乳母という構造によって強いられていることに強い印象を受けたからだった。ひどく非対称的だと感じた。(当時は「構造的」とか「非対称的」といった語で理解していたわけではないけれど、いまの自分の語彙を当時の自分に持ち込んで当時の理解を言語化すると、こういう言い方になる)

 

いま思い返すと、小中高12年間において、この先生のこの一言はわたしが唯一受けた性教育だった。そしてまた、12年間において唯一受けたジェンダー/フェミニズムの教育だったとおもう。

クレー射撃と鳩

Wikipediaを読んでいたら、粘土製の皿を撃つ「クレー射撃」競技はもともと生きた鳩を使っていたと書いてあってちょっと衝撃を受けている。

 

クレー射撃(クレーしゃげき)とは、散弾銃を用いて、空中などを動くクレーと呼ばれる素焼きの皿を撃ち壊していくスポーツ競技[1]。

トラップやスキートなど、いくつかの種目に分かれており、それぞれの種目のルールも様々である。 クレーの形状は通常直径15 cmほどの円盤型で、投射機を用いてフライングディスクのように空中に射出したり、あるいは地面に転がす事で、射撃の標的とする。使用されるクレー(ピジョン。昔は文字通り、生きた鳩を放して標的としていた事にちなんでおり、現在においてもクレーが何らかの原因で射出されなかった時は『ノーバード』と称される)は、その名の通り粘土の焼き物でオレンジなど視認しやすい色で着色されている。 クレー射撃 - Wikipedia

 

生きてる鳩を集めて飛ばして撃っていたのだった。すげぇな、とおもった。ザンコクやね…

片付けとかどうしていたのだろうか。競技場の地面に鳩の死骸がぼたぼた落ちてたんだろうな。

わたしが真っ先に思ったのは、人類よりはるかに進んだ科学力を持った鳥型宇宙人が地球を支配したとき、このクレー射撃のことがバレたらヤバいんじゃないかということだった。

鳥型宇宙人たちは人間を使ってクレー射撃をするかもしれない。

 

鳥審判「次、アルファケンタウリ星系、山崎ピジョーン選手!射撃用意!標的放て!」

山崎ピジョーン「(スチャッ…)」

鳥係員「ほら次!人間、出ろ!走れ!」

人間標的A「ヒッ…!」

鳥係員「オラッ」(電撃ビリビリ棒で檻から叩き出す)

人間標的A「走る…!走って逃げ切れば…!」

山崎ピジョーン「レーザー銃ピキューン!!」

人間標的A「(脳が焦げる音と臭い)」

鳥審判「こめかみ貫通!これはS難易度だ、ポイント倍点!標的次!」

鳥係員「ほら次!出ろ!」

人間標的B「ヒッ…!」

 

クレー射撃では25回標的を撃つ機会があるという。国際大会などでは何十人か選手が出るはずで、その合計分だけ鳩を用意するのは大変だっただろうなとおもう。

カゴに、ばさばさぼさぼさと300羽とかの鳩が詰め込まれている。それを仕入れる係のひと、餌や水を与えるひと、放つ係のひと、撃つひとがいる。そして逃げた鳩もいれば、地にころがる鳩もいる。そういう風景を思い浮かべた。