しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

列車とお客様との接触

新快速に乗っていたら西明石駅で「列車とお客様が接触」したので大阪止まりになると車内放送があった。

「接触」とは不思議な表現で、字義どおりに受け取るなら駅の乗客と列車がふっと触れ合うくらいで何の傷も受けていないようにも聞こえる。

しかし実際にはこの「接触」はより広い含意があり、凄惨な状況も、飛び込みの自死もそこに含まれる。ということを聞いている誰もがわかっている。接触という、軽く、非意図的に発生するような語感のことばが、きびしい人身事故や意図的な行動にも使われる。

こうした広義化は普通批判されるものだけれど、この「接触」についてはそうではない。鉄道会社と乗客に暗黙の合意がある。実際に軽い接触かもしれないし、そうでないかもしれないが、そこは触れずに「接触」でまとめておく。

それはわたしたちの日常が軌道をいっしゅんはみ出しかけるが、深く気にせずに再び戻るという体験である。だれもが「接触」の当事者になりうるが、そこに深入りせずふわっとまとめておく。そうしてダイヤが回復し、日常生活が運行されてゆく。