しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

報道関係者のほうが多い追悼集会

毎年1月17日未明から、神戸市の東遊園地*1阪神大震災の追悼集会が開かれている。

 

さっき、そこに行っていた。参加するのはたしか3回目。

会場に入った瞬間、なんでまた来てもたんかなと軽く後悔した(後悔するぐらいなら行かなければいいのだけれど、来てしまう。これはもう謎だ)。後悔したのは、参加者より報道関係者の方が多いから。もちろん実際に数をかぞえたなら報道関係者の方が多いということはないはずなのだけれど、とくに5時すぎ、まだ参加者が少ない時間帯では、ほんとうにレポーターとカメラマンとマイクの棒の方が多いように見える。

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(これは5時10分ごろに撮ったもの。この写真だとあまり多くは見えないですね)

 

撮影された映像や写真がメディアに載るときにはうまく切り取られているので、テレビや新聞を介して見る限りはこの報道関係者の多さはほぼ伝わらない。しかし実際に会場にいると違う。各紙各局で同様の映像・写真が用いられるということは、それだけの数の取材ユニットが会場に入っているということである。会場自体、あまり広くない(サッカーコート半面分くらい?)

レポーターや記者はとにかく来場者のコメントが欲しいから、立ち止まっているひとがいたら片っ端から声をかけている。追悼の場に来ている人のさまざまな想いが全国に報道されるのは大切なことだけれど、この「入れ食い」状態はあまり好ましいものに思えない。祈りの場には静けさと穏やかさが必要だとおもう。レポーター、肩に担がれた大きなカメラ、旗竿のようなマイクは、この場所では端的に言って異物だ。*2 来場者のまなざしやたたずまいとは異質な挙動や語り口や時間を差し込んでいる。

わたしが代弁することは決して正しいことではないけれど、遺族と呼ばれる立場のひとびとや亡くなった方に近しいひとびとは、カメラや記者に自分の体験や感情を語ることを好まない/差し控える/躊躇することが多い(もちろんケースバイケースであって、語ることが必要であると感じることや、語ることを使命と決意するひともいる)。「あの会場に行くと、すぐに記者に捕まる」というイメージを与えてはいないか。もしそうだとすると、何のためにかれら報道関係者は会場に来ているのだろう。

来場者は基本的にじっと立ち止まっている。あるいはしゃがみこんでいる。竹灯篭のロウソクに火をつけると、あとはあまりすることがない。ところが報道のひとは基本的にうろうろしている。この静と動が混ぜ込まれることで、会場全体が独特の妙な雰囲気をもつ。個人的には、静か動かどちらかに寄せてくれると居やすいのだけれど…。

 

なおコツ(?)を書いておくと、北側から会場に入ってすぐのゾーンは報道関係者が重点的に待ち構えていて、ここで立ち止まってしまうと即取材される。会場の南側に抜けると「安全ゾーン(?)」になっていて、ここはあまりレポーターや記者は声をかけてこない。ただしこのゾーンには市長がいたりして、一帯がなんだか妙な雰囲気になることがある。

 

最後に、すごく悲しかったことがある。追悼集会のプログラムはとてもシンプルで、5時46分に黙祷が行われたあと、「遺族代表のことば」と「市長のことば」が順に語られる。遺族代表の方が実際に会場で話を始めるところにわたしは初めて立ち会ったのだけれど、けっこう、みんな、聞いていない。ざわざわうろうろしている。これは衝撃だった。

会場にはいろいろな立場のひとが来ているけれど、やはり、亡くなったひとびと当人と、その家族は、この場所でもっとも大切なひとであるはず。けれども、その遺族がまさに自分自身のことばで語っている場面で、会場全体がそれをスルーしているように感じた。だれも立ち止まっていない。聞いていない。これがすごくすごく悲しかった。

 

多少関係するエントリ:

*1:遊園地といってもジェットコースターや観覧車があるそれではなく、広めの公園。明治期に「異人さん」たちのために開かれた。

*2:とはいえ「被災地」と「報道」は切っても切れない関係にあるので、カメラの存在自体がすでに被災地の情景として組み込まれているという側面もある。

「闘わない社会学」……中村英代『摂食障害の語り 〈回復〉の臨床社会学』新曜社、2011年。

「先行研究を批判し、ほかの専門家と闘い、自己の議論の優位性を主張する。こうした知的ゲームには、学問を押し進めていく力がある。あえてそうしたゲームに乗ることは、研究という営みの作法でもあるから、それ自体を否定しようという気は全くない。けれども、批判や告発の言葉をできるだけ使わずに、やさしい気持ちのままでとは言わないにしても、少なくとも攻撃的ではないスタンスで学問ができないだろうか。(…)

 私は、ほかの研究者や臨床家や仲間たち、いま苦しみのただなかにいる人たちと協働して、摂食障害という問題、そして私たちを苦しめるさまざまな生きづらさに取り組んでいきたい、という思いを込めて本書を書き直してきた。立場や学派が違っても、ある問題の解明や解消という目的を共有している者同士が、つながれないはずがない。もしつながれないとしても、無意味に闘い合う必要はない。

 こうして私は、闘わない社会学、受容とか信頼をベースにした社会学について考えるようになった。闘わないというスタンスは、受動的・迎合的に維持される種類のものではな決してない。そのポジションを意志的に選択し続けるという、ひとつの力強い実践だ。批判や闘いに安易に流れるよりも(それは時に、あまりにもたやすい)、信頼や希望にぐっと留まり(これはときに、あまりにも難しい)、身近な世界を校訂し、理解不能で理不尽な他者を排除せず、彼らと協働して社会をつくっていく方が、よほど困難なことのように思う。」(272頁)

いまさら『けものフレンズ』(マーク・L・レスター監督、2012年)を観始めた

もう旬が過ぎたどころの話ではないが、いまさら『けものフレンズ』(マーク・L・レスター監督、アメリカ、2012年)をアマゾンプライムで観始めた。

主演のジェイソン・ステイサムはこの前年に『ブリッツ』、翌年に『ハミングバード』でそれまでの筋肉キャラからの脱皮を目指している。本作『けものフレンズ』もそうしたステイサムの演技の幅が広がってゆく真っ最中の作品として鑑賞することができるだろう。

 

有名作品であるのでいまさら紹介するものでもないと思うが、いちおう第1話のストーリーをまとめなおしておく。

 

荒涼としたサバンナ。意識を取り戻した主人公のかばんちゃん(日本語吹き替え:内田彩)は、自分の身分を証明するものを何も持っていないことに気づく。名前も思い出せない。ただぼんやりと思い出すことができるのは、かれには愛する妻と娘がいたということ。その妻子が何者かに誘拐されている…かばんはそれを追う…だが何者かに後頭部を殴られ…記憶はそこで途切れていた。

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とほうに暮れるかばんちゃんの前に、なにやら事情を知っていそうな男が現れる。かれは「サーバル」と名乗った――もとより本名ではない。

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「いったいここは?」

「ここに答えは無いのさ。だれも、のけものにすらなれない。けものだけがいる……現実を受け入れろ」

そう話すかばんちゃんと「サーバル」(シルベスタ・スタローン。日本語吹き替え:尾崎由香)。そこに突然、機械とも生き物ともつかぬ、謎のひとつ目の物体が襲いかかる。

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「来やがったか」

サーバルが華麗な身のこなしで謎の物体の頭頂部に鉄拳を叩き込むと、物体は結晶化し四散した。

「あれは何者だ?!」

「セルリアンさ。」

「政府のドローン兵器か? それとも宇宙人?!」

「どちらでもいい。俺が教えられるのはひとつだけだ」

「…?」

「つぎはひるむな。常に先手を打て。」

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サーバルはかばんちゃんを丘の上の水源地へ連れてゆく。

どれだけ筋肉があっても、けもの達は水抜きに生きることはできない。

 

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水を飲むかばんちゃんに記憶がフラッシュバックする。海辺で遊ぶ愛娘…ほほえむ妻…

「(たしかに俺には家族がいた…家族…名前は?!)」

その迷いをかき消すかのように、水の中から新たな筋肉モリモリマッチョマンの変態(アーノルド・シュワルツェネッガー。日本語吹き替え:照井春佳)が現れる。

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サーバルはその男を「カバ」と呼んだ。

ふたりは顔見知りのようだ。

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だがけもの達は多くを語らない。

 

こうして、かばんちゃんとサーバルの長い旅が始まった…

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記憶を持たない人類

人類がこれから100年、1000年、1万年かけて進化してゆくとして、「記憶」の能力はどのように変わってゆくだろうか。

それは4つの可能性しかない。

1)記憶にまつわる諸々の能力や振る舞いは変化しない。未来のひとびとは現代人と同様にものを覚え、思い出し、忘れ、ごまかし、記憶にとらわれる。

2)記憶の能力は次第に強化される。未来人は現代人よりもずっと容易にものを覚え、思い出し、忘れることがない。個人だけでなく、たとえば過去に国家が行った所業もごまかされることはない。

3)記憶の能力は次第に弱まる。未来人は最低限のことしか覚えず、思い出さない。

4)記憶の本質が根底から変容する。具体的にどのように変容するのかはわからない。たとえば他人と記憶を共有できるようになったり、未来の記憶を持つことができたりするようになる。

 

わたしは案外「3」の方向もありうるのではないかとおもう。

「進化」といった概念を持ち出すと、なんらかの能力や器官が「強化」されてゆくと想定しがちである。しかし環境に適応して在り方が変わってゆくということだから、それが人間の「生存」に適しているのなら、記憶の能力が弱まってゆくという進化の方向もありうる。

 

そのように変化した人類は、どのように生活するのだろうか。

あるひとが激情に駆られて他人を殴ったとする。殴られた側は、恐怖や怒りや痛みや憤りを感じる。しかし数日経つと、そうした負の感情はほとんど消え去っている。殴った/殴られたという事実そのものはなんとなく覚えている。しかしそこに意味が生じない。両者はそれ以前と変わらず生活を続ける。

あるひとが事故や病で子どもを喪ったとする。親は激しい悲しみと混乱に襲われる。しかし数日経つと、そうした感情もどこかに消え去っている。家族が減ったので広い家を借り続けるのは不合理だと考え、子どもの服やおもちゃは捨ててしまい、別の部屋に引っ越す。

 

もし本当にこんな「人類」が出現したら、現代人にとってはたいそう非情で不気味な知的生命体に見えることだろう。けれどかれら未来人?にとっては、そうした生活は当たり前のことでしかない。かれらは過去よりも現在と未来に個々人や社会のリソースを注ぐことを選択したのだ。

人間や動物にとって、自分に危害を加えた相手や状況を記憶しておくことは、同じ危険にくりかえし遭うことを避けるために重要なことである。したがってそうした記憶の能力を切り捨てることが「適応」になるというモデルはなかなか考えづらい。しかし可能性としてはありうる。恨みや罪責感は人間のふるまいを強く支配する。そこにこそ人間の人間らしさがあり、情理や道徳が生じる土壌がある。けれどもこうした性質が、単純な生存にとっては足枷となるかもしれない。人間が「人間らしさ」を守りながら/守るために進化してゆくとは限らない。ペンギンは飛行能力を切り捨て、コウモリは視覚を切り捨てて生きのびた。いつか、恨みや罪責感に縛られた情理ある旧人類と、そうした「不要な能力」を持たずに旺盛に活動する新人類が地球上に同居するようになり、後者が前者を一気に殲滅してしまうかもしれない。その過程は案外すでに始まっているのかもしれない。

樋口直美『私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活』

著者はレビー小体型認知症という珍しい認知機能の症状を持っており、30代後半から幻視や自律神経失調に苦しめられていた。本書は著者が50歳ごろの、症状が悪化しレビー小体型認知症ではないかと自身で気づき始めた時期の日記をまとめなおしたもの。

 

ひとつの切り口で要約できる本ではないのだけれど、わたしが読んでいて学んだことのひとつは、いわゆる「患者会」「自助グループ」「ピアサポート」といった環境がつねにすぐ機能するとは限らないのだということ。

 

10月30日 レビーフォーラム

 レビーのフォーラムに行く。ネット上でお世話になってきた「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」の人たちと初めて出会い、話ができた。名前だけ知っていたOさんらとも。そうそうたる方々。

 帰りの電車でなぜか涙があふれる。レビーに精通した人達と出会えたから? 10年進行しない人もいると聞いたから? でも寂しさも感じている。私は、あの会場にいた人たちのグループに属していない。

 あちらの世界とこちらの世界があるのなら、私は、既にあちらの世界の住人になっている。夜中に殴り掛かられて苦しめられる家族の側ではなく、(いつか)家族を苦しめる側の世界。(41頁) 

 

11月26日 若年認知症の会

 昨日は、若年認知症の「彩星の会」に初めて行く。認知症本人をサポートするボランティアとして参加。

 (…)とてもしっかりした大きな会で、素晴らしい人達が集まっている。なのに孤独を感じる。私は、まだ「本人」のグループにも入れない。でもサポートする側のグループにも属さない。

 明るく歌ったり踊ったりしている部屋を出て、介護家族の集まる隣の部屋を覗いた。深刻な顔で話をしている。そのギャップに衝撃を受ける。

 やはり私は、どちらでもない。(55頁)

 

著者は自分と同じ病をもつひと、またそのひとびとの家族が集まる会合に参加する。著者は自分のことを、病を持つ「本人」として定位することがまだできず、かといって介護家族のグループにも属していない。著者は自分と近しいはずのひとびとが集まる場に行くが、かえって「寂しさ」を感じることになる。

この病と(いまのところ)縁遠いわたしにとって、患者も家族会も、ひとつのおおざっぱなカテゴリに見える。そこに行きさえすれば、どんな患者でも同志を見つけることができるだろうと思い込んでいる。しかしそんな簡単な話ではなかった。その症状や疾患をもつ「本人」であること(またその家族であること)は、外野からの「診断」で完結することではなく、(雑な用語法だが)そのひとのアイデンティティに属することである。病や苦しみがアイデンティティになるまでには、きわめて長い時間と辛苦と奇跡が必要になる。その途中過程では、「自分はどこに属しているのか」という問いはそのひとにとってきわめて切実なものとなる。患者会に行きさえすれば解決するというものではない。

 

私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活

私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活

 

 

3人以上で話すことができない

数年前から気づいていたことなのだけれど、わたしは3人以上のグループで会話することがほぼできない。たとえば自分含めて4人がひとつのテーブルに座っていて、ひとつの話題について順に交代しながら会話を続ける、ということがほぼ不可能である。

やってやれないことはないのだけれど、スキューバダイビングの装備を付けて中距離走をさせられているような気分になる。

 

実質的に会話が可能である上限は2人で、この場合は相手の年齢や性別や立場の上下といったことに関係なく話すことができる(話をしやすい相手、しにくい相手というのはあるが)。

 

3名以上との会話になった場合、その内部で1対1の会話をそのたびに設けることで、擬似的に複数との会話を実行してみる。これはすこしだけはうまくいく。しかし次第に複数の相手が一斉にこちらに顔を向けてきて、「顔が足りない」という感覚に陥る。

 

考えてみると、3名以上で同時に会話するというのは、きわめて高度な技術である。特定の相手の顔や存在を認識するのではなく、全体の「雰囲気」のようなものを把握して、自分が話したり他のひとの話を聞いたり、こまやかにモードを調整している。その雰囲気に合わせた微調整が自分には難しい。難儀なことである。

 

いまいちど過去の例を思い起こしてみると、参加者が6名以上になると負担がきわめて軽減する。おそらくこのあたりの数になると、会話参加者の責任が分散され、ほとんど発話せずだまっていても「会話」に参加しているとみなされるからだろう。3,4,5人あたりが鬼門である。

また、この人数であっても、相手や参加者にとっては問題なく参加できることもある。おそらく「場」の雰囲気を保持するのがうまいひとがいてくれるときや、相手がよく知ったひとで自分が完全にリラックスできているようなときなのだろう。

「関ジャニ」の事件は研究者にとっても他人事ではないとおもった

このエントリを読んだとき、他人事ではないなとおもった。

じぶんは「研究」として、いわゆる「一般のひとびと」にインタビューをすることが多い。とても乱雑な言い方だけれど、この番組でタレントが行ったという「街で歩いているひとを呼び止めて、話を聞こうとする」という所業は*1、研究者が対面調査においてやっていることと本質的におなじであるとおもう。

 

まずはじめに、この企画がもつ問題点を自分なりに表現してみたい。

通常のTV番組の「街頭インタビュー」では、

1)タレントやアナウンサーが見知らぬひとを呼び止める

2)振り向いたひとの表情(驚き、不安、怪訝な顔、喜び、拒絶反応)が映される

3)シーンがいったん切られて、「呼び止められたひとが、カメラの前に正対して立ち、インタビューに答える」場面が改めて流される

という流れをとることがおおい。

 

ここで2と3の間にいったん「間(ま)」があること、時間の流れが切断されてからつなぎあわされていることが重要になる。2と3が切られていることで、その間にインタビュアーと通行人のあいだでやりとりがあったことを視聴者は推測することができる。そのやりとりにおいて、番組の意図の説明や、インタビュー協力の同意などが話し合われたのだろうということが暗黙の内に伝わる*2

説明と同意が番組と通行人の間に成立したことが2と3の流れで暗示される。それによってはじめて、1から2の流れも正当化される。呼び止められた通行人がはじめ不安そうな顔や拒絶反応を示したとしても、最終的には納得し同意したということが示される。視聴者に不安感や不快感を与えない「街頭インタビュー」モノの企画は、おおむねこのような編集技法が用いられている。

 

番組本編を見ていないので推測になるのだけれど、この番組の放映では1と2だけでコンテンツを成立させようとしてしまったのではないか。つまり、一般のひとを突然呼び止め、それに対する反応をおもしろがり、そのまま放映してしまった。2から3の流れがなく、1と2だけで「笑い」や「いじり」の対象として消費した。相手の同意を得ないまま反応を楽しんだとすれば、それはいじめと変わらない。

例外として、タレントや政治家が対象である場合は、1と2だけでコンテンツを組むことも許容されている。たとえば「収賄の疑いが持たれている政治家をインタビュアーが追いかけコメントを取ろうとしたが、政治家は何も答えず足早に去ってしまった」といった場面である。ただしこの場合もケースごとに判断が必要になるだろう。

 

当該番組の制作者やタレントがこのようなことをしてしまった理由については、上記エントリでていねいに検討されている。

わたし自身がこわいなと思ったことは、かれらのあやまちの根底にある心理的な要因は、研究者にとっても無縁ではないということである。この企画の関係者には「テレビだから」「アイドルだから」「相手が女性だから」といったまなざしがあった。これを「研究なのだから」「社会的な意義があるから」に入れ替えれば、研究の場面においてもこの企画と同様のことが生じうる。共通している構造は、「〜〜なのだから、これぐらいは許されるだろう」という設定が、相手ではなくこちらの側で完結して発動してしまうことである。いったんそれが駆動しはじめると、相手のいやがる表情すら「調査」「取材」「番組収録」の欲望のなかに取り込んでしまう。

 

そのようなことがあってはならないということは、質的研究や社会学や心理学の教科書には必ず書かれている。けれども、頭でわかっているということと、「ついその場でやらかしてしまう」ということは両立しうる。それは事前の倫理審査ではなかなかカバーされない。最終の成果物として世に出る論文や報告書では「倫理的配慮」がゆきとどいていたとしても、それ以前のさまざまな過程ではいろんなことが起きる。

 

けっきょく、自分のなかにある「初期設定」のようなものを何度もくりかえし吟味するほかないのだけれど、締切などに追われていると、すぐにその吟味の成果を手放してしまう。こわいことだとおもう。

 

 

*1:以下、番組内容を直接確認していないので、細かいところが間違っているかもしれない。

*2:実際にきちんと説明や同意がなされたのかは別問題。