しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

「闘わない社会学」……中村英代『摂食障害の語り 〈回復〉の臨床社会学』新曜社、2011年。

「先行研究を批判し、ほかの専門家と闘い、自己の議論の優位性を主張する。こうした知的ゲームには、学問を押し進めていく力がある。あえてそうしたゲームに乗ることは、研究という営みの作法でもあるから、それ自体を否定しようという気は全くない。けれども、批判や告発の言葉をできるだけ使わずに、やさしい気持ちのままでとは言わないにしても、少なくとも攻撃的ではないスタンスで学問ができないだろうか。(…)

 私は、ほかの研究者や臨床家や仲間たち、いま苦しみのただなかにいる人たちと協働して、摂食障害という問題、そして私たちを苦しめるさまざまな生きづらさに取り組んでいきたい、という思いを込めて本書を書き直してきた。立場や学派が違っても、ある問題の解明や解消という目的を共有している者同士が、つながれないはずがない。もしつながれないとしても、無意味に闘い合う必要はない。

 こうして私は、闘わない社会学、受容とか信頼をベースにした社会学について考えるようになった。闘わないというスタンスは、受動的・迎合的に維持される種類のものではな決してない。そのポジションを意志的に選択し続けるという、ひとつの力強い実践だ。批判や闘いに安易に流れるよりも(それは時に、あまりにもたやすい)、信頼や希望にぐっと留まり(これはときに、あまりにも難しい)、身近な世界を校訂し、理解不能で理不尽な他者を排除せず、彼らと協働して社会をつくっていく方が、よほど困難なことのように思う。」(272頁)