しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

望ましき崩壊

実のところ、この国のひとびとは医療崩壊ないしは感染症拡大による大量死を心の奥底でかすかに望んでいるのかもしれない。それは個人の生死で帰結する個人的破滅願望とは異なる、根本的にどうしようもなく無責任な集合的破滅願望である。文明や社会なるものがついには古いかたちを保てずに瓦解してしまえばよい、ただし自分はその瓦解から生き延びるだろうという信念である。破れかぶれのリセット願望であり、破滅のあとの「世直し」への期待である。

こうした集合的破滅願望にとって、このたびの感染症が高齢者や基礎疾患を持つひとびとを優先して襲うという事実は都合が良い。崩壊と大量死の後には若く健康なひとびとが残り、介護や医療費の負担が取り払われた国家が到来するという期待を破滅願望にささやきかける。こうした期待があるとすれば、感染拡大と医療崩壊を防ぐ戦いは、優生思想や強者のみが勝ち残って当然という思想との戦いでもある。

個人的な破滅願望は自分の行為が自分の生命に直結するため、自然とブレーキがかかる。それでも止められない破滅願望は稀であるからドラマの題材になる。集合的な破滅願望は自分の行為が自分にすぐさま返ってくるのではなく、文明や社会といったぼんやりしたものを突き崩してゆく。崩壊と世直しは現状の閉塞感を取り払い、なんだかすっきりとした世界をもたらしてくれるというイメージをだれもがぼんやりといだくとき、じめじめとした科学的精神は力を失う。