しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

神戸と霧

 科研提出したメンバーでアメリカに調査に行くぜ!という流れになる。具体的な旅程の相談が始まってから、パスポートが切れているのに気づく。

 仕事が最近立て込んでいた。それがいったん区切りとなり、今日は午前中振替休日にしていた。充電のため。その休みを使ってパスポート取得の申請をすることに決める。

 申請するためには戸籍謄本が必要。まず区役所に取りにいく。すると大阪が本籍地なら大阪に行かなきゃダメですよと窓口で言われる。そんな基本的なことも知らなかったのかわたしは。

 そこで今日のパスポート申請をあきらめ、三宮駅ドトールでコーヒーとチョコレートケーキを食べる。午後のタスクをすこし整理して店外に出ると献血の旗が目に入る。近くのビルの15階に献血ルームがある。どうせ午前中は休みなので献血しようと決める。

 献血ルーム窓口で「直前に食事されましたか?」と職員さんに聞かれて「チョコレートケーキを食べました」と答える。「えっ、いつですか」「五分前…」と、よくわからないやりとりをしてしまう。

 

 ビルの15階から神戸の市街地を東に向けて俯瞰する。濃い霧が斜面にかかっていて、空も何層も灰色に塗り重ねられている。神戸といえば海!山!空!港!ショッピングビル!という雰囲気が宣伝されるけれども、わたしはこの灰色の濃い霧がかかった秋や冬の風景がいちばん神戸らしいのではないかと思う。ナイフで切りとれそうな霧。

 陽が落ちてからその中を歩くと、細かな水滴が大気から顔やコートに移し取られてゆく。街灯が黄色い光の珠を柱の先に吊り下げる。音の反射の具合がいつもと違い、近くの音はいっそう近くに、遠くの音はいっそう遠くに聞こえる。陰鬱さ、というよりも、部屋の中や路上にいるひとを、ひとりずつにくるんでゆく雰囲気がある。ひとりぼっちであることを街が許してくれるような。海から離れた阪急の線路の近くまでも、船の汽笛が届いてきて、それはなにかの契約の証のように聞こえる。世界がずんずん進んでいるのに、霧にくるまれた街だけが取り残されている。あるいは街のなかで霧にくるまれた自分だけが取り残されている、その確認のしるしのように。そうして六甲山の側から冬が沈んできて、歳が暮れて明けるころ、街のひとびとはあの永遠なものを受け取りなおすための準備ができる。

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くらいなー