しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

公務員の肩書がわからない

いまの職場は公務員のひとたちと接する機会が非常に多い。名刺もいただく。名刺にはいろいろと肩書が書いてある。その肩書の意味が、なかなかわからない。

 

審議官と参事官では、審議官の方がエライのか、参事官の方がエライのか。エライエラクナイのヒエラルキーとは別の概念なのか。「参与」と「参事官」は違う概念だと思うのだけれど、なんで「参与」には「官」がついてないのか。

「主任主事クラス」という単語を聞くのだけれど、「主任」と「主事」が別にいるのか、それとも「主任主事」で一単語なのか。主任と主事と主任主事がいるのか。

 

さらにわからないのは、「階級」と「職位」の区別である。

軍隊ならば両者はわかりやすく区別されている。少尉とか中佐とか大将とかが「階級」で、「連隊長」とか「参謀次長」とかが職位である。階級と職位は基本的にリンクしているが(たとえば連隊長なら大佐クラスが務める)、人事異動で職位が変わっても階級はその人に貼り付いたままである。

 

ところが、公務員のひとたちの名刺は、これがよくわからない。

「主任」や「主事」は階級っぽい。一方で「課長」は職位である。「課長補佐」も職位のはずだけれど、同時に階級のような使われ方もしているような気がする。

 

「部長」「局長」「~~監」はどれもエライ人たちだが、エラサの順番は自治体ごとに微妙に異なるようでもある。「局」と「室」では局の方が大規模だと最近学んだ。したがって同じ自治体であれば「~~局長」は「~~室長」よりもエライはずである。他方で県や省庁の「局長」「室長」と、市町村の「局長」「室長」は、必ずしもパラレルではないだろう。(…そしてけっきょく、部と局の違いは何なのだろう…)

 

エライ・エラクナイでこちらが大きく態度を変えなければいいだけのことであって、その点はそこまで悩まなくて良いのだけれど(なので今日までなんとなくの理解で放置している)、「エライ人に話してからエラクナイ人に話す」「エラクナイ人に話してからエライ人に話す」という順番の選択によってものごとがうまく回ったり回らなかったりすることがあるようで、そうするとエラサの階梯を理解するのもそれなりに必要になるらしい。むずかしいものだ。