しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

「逃げ遅れたのか、取り残されたのか、逃げる途中だったのか。」

3月11日は沿岸部に大きな被害がありましたが、4月7日の余震で、内陸にも被害がありました。私の自宅では、台所の食器棚が全部倒れました。私は寝室にいて、立っていられる四つん這いになって逃げたのですが、そのあとに寝室のタンスが倒れ、下敷きにならずにすみました。私も私の家内も全盲ですが、台所の様子を触ってみると、とても私達の手には終えません。余震が起きたのが23時32分でしたので、あきらめて朝になったら子どもたちの手を借りようと思い、就寝したのですが、自分が見えないということ、何もできないということの無力感は、本当につらいものでした。

 

 その後、先程も申し上げたとおり、岩手県での視覚障害のある犠牲者は35名、宮城県では65名というデータを知ったのですが、私たちが本当に知りたいのは、どういう形で亡くなられたかということです。逃げ遅れたのか、取り残されたのか、逃げる途中だったのか。

(及川清隆「視覚障害者団体が取り組む東日本大震災後の復興」公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会編『障害インクルーシブな防災について考える ~誰もとりのこされない防災への実践~』2018年12月、37-38頁)