しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片を毎日1000字くらいで書く。

生態系っぽい場所に幸福を感じる。

生態系っぽい場所に幸福をかんじる。

道を歩いていてたまたま見つけたぽっかりとした空き地、たとえばモノレールの高架の下の空間に、草がしげっている。草は種類によって背丈が異なり、もわもわもさもさとしている。葉のあいだや土のおもて、土のなかに虫が棲んでいて、さらに小さな菌類やカビのたぐいがはびこっている。それぞれの生きものや無機物がちまちまと生活し、出入りしている。

 

ここはそーゆー空間のようだ、ということに気づいたとき、不思議な喜びをかんじる。生態系、と言うと言葉がやや大きい。もっとこじんまりした部分。ここにはたくさんの知らないものがもぞもぞしている、と想像したとき、あの独特の幸福がある。

きれいに刈り込まれた植え込みや、人通りの多い緑地にはそれをあまり感じ取ることができない。人間から離れたところで、その空間自身がときの「厚み」を蓄積してゆくといったことが必要なのだろう。

 

ただし、わたしは生物学者ではないので、その内部に深く分け入ってひとつずつの種や生態をしらべてゆくことはできない。あくまで想像だけなので、生物学者の感じるものに比べれば、この幸福の感情も真髄を欠いたものであるかもしれない。