しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片を毎日1000字くらいで書く。

図書館の本に書き込んではならぬ

大学附属図書館で借り出した本に書き込みを見つけると、なんとも悲しくなる。全く、本当に、完全に基本的な、当然の、当たり前のルールであるのだけれど、

 

図書館の本に線引きや書き込みをしてはならない。

 

図書館蔵書への線引き、書き込みは実は多い。鉛筆で黒々と傍線が引かれている。

書きこんだ当人は勉強した気分になったかもしれないけれども、そのとき気持ちよくなっただけだ。より大きなものを損なっている。その大きなものとは、自分が生まれる前から存在し、死んだ後も残る巨大な知である。図書館の蔵書は、その知の外皮のようなものだ。そっと本に触れ、そっとページを開き、静かに読んで、またそっと書架に戻さなければならない。わずかに触れる、ということだけしかできない。集積された知というものは、自分の存在に比べてあまりに巨大だからだ。

 

図書館の本はきみの所有物ではない。ということを、大学の最初の授業でしっかり教育してほしいとおもう。通常の書店で売り物の本を立ち読みしながら書き込みを入れるだろうか。もしそれが許されないと感じるなら、なぜ図書館の本ならOKだとおもうのか。

 

若い学部生のひとびとの中には、自分の存在の痕跡を研究室に残そうとするひともいる。卒業したらじぶんがかき消えてしまうように感じているのかもしれない。その気持ちもわからなくはない。蔵書に書き込みをするひとも、もしかしたら、なんらかの痕跡を残したいという欲求があるのかもしれない。しかしその対象として図書館の蔵書をえらぶのは、やはりいけないことだとおもう。図書館に痕跡を残したいなら、自分で著作を書いて納めるほかない。

さいきんのWikipedia巡りの成果11件

Wikipediaをうろついてると、なんじゃそれという小ネタによく出会う。最近出会って気に入った小ネタをいくつかまとめてみる。

 

ヘラジカ - Wikipedia

唾液には植物の成長を促す成分が含まれている。

 

 

マルチーズ - Wikipedia

マルチーズは、ヨーロッパで最初から愛玩犬として飼われた犬種として、もっとも古い歴史を持っている。

その歴史は紀元前1500年頃、貿易の中継点だったマルタ島フェニキア人の水夫たちが持ち込んだ犬が元になっていると言われている。

マルタ島出身だからマルチーズ。知らんかった。

 

 

デコイNo22 - Wikipedia

特定のアホウドリがこのデコイに対して9年間愛の巣作りと求愛ダンスを繰り返していた事で知られる。この個体はデコイに求愛していたことから「デコちゃん」と名付けられた。雌のアホウドリのデコイは他にも92体存在したが、デコちゃんが選ぶのは常にデコイNo22だった。

鳥島で繰り広げられる純愛ストーリー。

 

 

職業訓練指導員 (電話交換科) - Wikipedia

まだ存在するんだろうか。

 

 

トーマス・パー - Wikipedia

トーマス・パー(Thomas Parr, 1483年? - 1635年11月14日)は、152歳まで生きたといわれるイングランド人。

80歳で結婚、105歳で浮気、122歳で再婚したそうな。

 

 

ジャン=ベデル・ボカサ - Wikipedia

中央アフリカ共和国の独裁者。終身大統領では飽き足らず、皇帝に即位しちゃったおっちゃん。

旧宗主国フランスから支持と援助を取り付けるため、当時のフランス大統領ジスカール・デスタンに膨大な贈賄工作をした。工作が功を奏してフランスからは皇帝として承認され、経済的支援も受けることに成功した。

数年でクーデターが起こり、亡命。

ジスカール・デスタンに働きかけて政権奪還の支援を要請したが、色よい返事を得ることができなかった。業を煮やしたボカサはジスカール・デスタンへの贈賄工作を暴露したため、結果的にジスカール・デスタンの人気は急落し、選挙でミッテランに敗れる一因となる。

ジスカール・デスタンがアホすぎる。

 

 

グレート・ホワイト・フリート - Wikipedia

日露戦争終結後、米大統領セオドア・ルーズベルトが大西洋艦隊の新造戦艦16隻を世界一周させる。戦艦は全て白く塗装されていたので艦隊がこのように呼ばれたそうな。

艦隊は日本にも寄港。16隻の米戦艦群を、日本は戦艦6隻・装甲巡洋艦6隻・防護巡洋艦4隻の艦隊で出迎える。

セオドア・ルーズベルトの伝記では、日本艦隊との交戦の可能性は1割ほど捨てきれなかったと回想したと伝えている。

 信用されてないなぁ…

 

 

三上卓 - Wikipedia

五・一五事件犬養毅首相を襲撃した海軍将校のひとり。

わたしが衝撃を受けたのは、反乱剤で死刑求刑→懲役15年の甘々判決→さらに5年で仮釈放→昭和18年には国内右翼団体大政翼賛会の下部組織)の理事に就任してた、という下り。一国の首相を殺した軍人がなんで5年で娑婆に出て肩で風切って歩いてるんだよ…

 

 

ミハイ1世 (ルーマニア王) - Wikipedia

先年崩御したルーマニアの(元)国王。スペインに亡命してパイロットをしてた。

 

栄典

イギリスロイヤル・ヴィクトリア勲章 - 1937年

ソビエト連邦勝利勲章 - 1945年7月6日

  ソ連とイギリスの双方から勲章もらった王様はこの人くらいではなかろうか。

 

 

元寇 - Wikipedia

詳細。脚注が本日時点で459もある…。

 

 

1 E2 m - Wikipedia

ただ長さ順に並べているだけなのだけれど、狂気を感じる。

「周知のように」を論文で使うべきか否か

「周知のように」という便利な表現がある。「みなさんもすでによくご存知のように」という意味で、とくに論文では使い勝手が良い。

 

いま自分が書いている論文で、「周知のように」を使っている段落が一箇所だけあった。これを省くかどうか迷っている。

正確には、「周知のように」ではなく、「…ということはよく知られているとおりである」という言い回しなのだけれど、意味としては同じである。

 

「周知のように」が論文で多用されるのはなぜか。この表現は3種類の機能を持っているように思う。

 

ひとつは、読者を選別する機能。たいていの場合、「周知」の「周」が意味するのは人類全員ではなく、ある程度せまい範囲のひとびと、言い換えれば「業界関係者」である。「周知のように、ドロンコニョロンコ体制の成立にもっとも大きな役割を果たしたのはポコンコプンプン党の多数派であるが〜」などと書かれていた場合、ドロンコニョロンコ体制についてそれなりに知っているひとだけが著者の「周知」の範囲として想定されている。言い換えれば、ドロンコニョロンコ体制の盛衰について知らないひとは以後の文章を読んでもあまり理解できないよ、お引き取りください、というメッセージでもある。

 

もうひとつは、ここから新たな知見を論文内で述べますよという目印の機能。たいていの論文は、すでに知られていること、正しいと学会で前提されていることを確認してから、新しい知見をそこに付け加えるという仕方で語られる。

「周知のように、ドロンコニョロンコ体制の成立にもっとも大きな役割を果たしたのはポコンコプンプン党の多数派であるが、同党の有力者であったムリヤリシャニムニ幹事長が水面下で王党派と展開した交渉の内実については史料の不足もありこれまで検討されてこなかった」というように文章が続いた場合、幹事長の交渉について新しい知見をここから述べるのだなということがわかりやすい。

 

この2つの機能はけっきょく重複している。既知のものと未知のものをよりわけ、話の土台を固めるというはたらきになっている。これは論文を書く/読ませるうえで必須の手続きなので、「周知のように」は便利に用いられることになる。

 

ところが第3の機能がある。なんだか難しいことを書いて、相手を面食らわせる、なんだかすごいことが書いてあるらしいぞと怯えさせる機能である。

上2つの機能は、謙虚に言えば「この点についてはすでに議論が尽くされており、ここでは説明を省いて本論に進ませていただきます」ということであるし、傲慢に言えば「このくらい当たり前に知ってるでしょ?」という意味合いにもなる。このエラそうな雰囲気が強くなって独立した機能を果たすようになる。それがこの第3の機能ということになる。

 

書いている当人がそこまで乱暴なことを考えていなくても、調子に乗って使いすぎると、読み手には微妙にイヤなかんじを与えることもある。

だから基本的に「周知のように」は使わないほうが良いと思うのだけれど、上に述べたように便利で的確な機能を持っていることは確かなので、むずかしい。意地を張って絶対に使わないというのも、おろかなことだなとおもう。

 

そのようなわけで、ちょっと迷っております。このような問題は読者諸賢におかれてはすでに周知のことと思われますが…

時代の実感

 麻原彰晃死刑執行の報に触れて、20代前半のひとたちが「地下鉄サリン事件って阪神淡路(大震災)と同じ年やんな」と話していた。いずれも1995年なので、正しい。ところがそのあと「酒鬼薔薇聖斗事件ってその後やったっけ」「いや、前でしょ」という会話をしていたので、いやいやあのね…と会話に割り込みそうになった。事件は1997年なので、大震災と地下鉄サリン事件の2年後ということになる。

 わたしは「少年A」とほぼ同学年で、事件が起きたとき神戸市内に住んでいた。それゆえ、ということではないけれど、震災も連続殺傷事件も、奇妙に身近なものという感覚で受け止めざるをえなかった。サリン事件は東京の出来事だったけれど、テレビの生中継を自宅で見ていた(平日だったが、たまたま風邪で学校を休んでいた)。

 だからどの事件がどの事件の後なのかということは、知識以上の、歴史的実感としてある。これは頭でいちいち検討して手に入れる感覚ではない。そのとき生きていて、自分自身のリアルタイムの感覚の積み重ねによって析出されたものである。当時の実感をそのままありありと再現することはできなくても、「後、先」の感覚は、推論ではなく、より当たり前のものとして把握することができる。

 

 しかし「連合赤軍あさま山荘事件」と、「大阪万博」のどちらが先なのかと聞かれたら、わたしはすぐに答えられない。いまWikipediaで調べたら、あさま山荘事件は1972年、大阪万博は1970年だった。わたしの両親の世代ならこの前後関係を間違えることは決してないだろう。

 もしわたしがそれぞれの発生年を記憶していたなら、正答できる。しかしそれは頭の中にある「1972」と「1970」という年号を比較して答えただけであって、実感としての「後/先」によるものではない。この後先の実感はまさしく実感であるので、その後に生まれた自分がどれだけ歴史書や当時のひとの証言を聞いても、決してゼロから醸成することはできない。

 わたしは「あさま山荘事件」「大阪万博」「新幹線開業」「東京オリンピック」「アポロ11号の月着陸」などをひとまとめに「なんかあそこらへんの時期の出来事」としてぼんやり理解している。加えて、アポロ11号の「月の石」が大阪万博で展示されていたということは知識として知っているので、月着陸が大阪万博より先なのだなということを推論できる。しかしそれは、「あのときたまたま入院しとってな、病院のテレビで月面着陸の瞬間見よってんけど、入院患者がようけテレビの前に集まっとって、じぶんはその瞬間をなかなかちゃんと見れへんくて」というわたしの父の体験から醸成される「後・先」の実感とまったく異なる。(ただ、例えばこうした近親の者の証言を通じて、直接体験したゆえの実感ではないが、歴史の教科書から学んだだけの知識でもない、両者の中間に位置する仮想的実感を持つことはできている。)

 

電車止まってから途中休講にしても帰宅困難学生増やすだけやねん

大学(昨日)「暴風警報か特別警報出たら休校やで」

 

大学(今朝)「暴風警報も特別警報も出てへんし阪急電車動いてるから授業するで」

 

大学(3限中)「阪急宝塚線止まったから4限以降休講にするわ、学生は気をつけて帰ってな」

 

いやいや、なんじゃそりゃ。

帰宅手段なくなる直前まで登校させといて、帰れなくなってから休講って。どうやって帰るねん。公共交通止まるの、朝の時点でだいたい予測できるやろ。大学が自分から帰宅困難学生増やしてどないすんねん。

 

神戸や京都から通学通勤してる後輩や先生も多いので、大学の対応はめっちゃ腹立ちます。

 

(とりわけ大都市にある企業や学校の防災・災害対策は「投機型」であるべき。「被害が拡大したら対応」ではなく、「被害が拡大すると仮定して先行対応」でなくてはならない。当然、空振りに終わる場合もある。それでよい。非常食を買い込んだあと災害が起こらず賞味期限が切れたからといって、お金を無駄遣いしたと考えるひとはいない。それと同じ)

 

大学の防災対策についての、少し古いエントリ:

大学校舎の災害避難訓練がけっこう無意味っぽかった(らしい) - しずかなアンテナ

俺よりウザいやつに説教されないように説教してやる

俺がいまおまえにウザい説教をするのは、世の中には俺よりもさらにウザい説教をするやつがいるからで、おまえが今後世の中に出てそういうやつに出会ったときに説教されないように、いまあえて俺が説教するんだ、という論理で説教をするひとが一定割合いるのだが、出会いが予定されている「さらにウザい説教をするやつ」もやはり「俺がいまおまえにウザい説教をするのは、世の中には俺よりさらに…」という論理で説教を正当化するので、この「説教チェーン」に連なる全員が一斉に説教をやめればチェーンそのものが消失するはずなのだ。

 

このチェーンを順にたどっていけば最後には最強のウザさを誇るチェーンの最終端、あらゆる説教の始祖始原の存在に出会えるかもしれない。アリストテレスの「不動の動者」みたいな。自己の存在理由を他に頼らない、真の実体としての説教屋。あらゆるウザさの根源、アルファにしてオメガ、「いままで説教を受けてきたのはあなたに出会うためだったのか…」と身を震わすような。出会いたくはない。

メリーポピンズになっている

阪急梅田駅からJR大阪駅へつながる連絡通路の途中に屋外エスカレーターがある。

きょうは雨が降っているので、傘を差したままエスカレーターに乗った。


傘を差して、エスカレーターに立ってゆっくりと地上に斜めに降りてゆく。

あ、これ、『メリーポピンズ』の登場シーンやんとおもう。

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バンクス家の玄関に並ぶ家庭教師たちが強風で吹き飛ばされてゆく。日傘を差したメリーポピンズがゆうゆうと空から降りてくる。映画ではこんな登場シーンが描かれる。


ワシはメリーポピンズになったんやなあとおもう。


『メリーポピンズ』という作品の良いところは、なぜメリーポピンズが魔法を使えるのか全然説明されないこと。血筋も魔法学校も修行も家庭環境もトラウマも運命も何も無い。過去は語られない。とにかくメリーポピンズは最初から魔法が使える。『ハリーポッター』や『指輪物語』のように眉間に皺を寄せない。世の中それでよいとおもう。