しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片を毎日1000字くらいで書く。

なぜソシエはターンエーのラストでロランにキスをしたのか

 アマゾンのプライムビデオで『ターンエーガンダム』が公開されていた。もう何度目かわからないけれど、劇場版(地球光/月光蝶)を通して見た。

 好きなシーンがたくさんある映画だけれど、物語の最後もそのひとつだ。戦争が終わり、ひとびとはまた平和な生活に戻ってゆく。後半で悪役っぽい立ち回りを演じたグエンの表情も悪くない。パン屋も記者も繁盛だ。

 そうした群像のなかで、ソシエお嬢様だけは少し表情が暗い。雪の中、突然ロランとキスをする。何やら別れのシーンのようでもある。そのあと、ソシエは大声をあげながら自転車で山道を駆け下り、ロランの金魚のおもちゃを川に投げ入れる。

 

 昔から、このキスの意味がよくわからなかった。なぜ二人は最後の最後でキスをして別れたのか。

 

 二人にもお互い淡い恋心のようなものがあったのかもしれない。深入りすることなくお別れのキスだけして、ソシエはロランのことを吹っ切る。「わー」とか自転車で叫んで。とりあえずこのような解釈を与えていたけれど、なんとなくしっくりこないものがあった。

 

 ところが、劇場版を見終わったあとテレビ版を最初から見始めていると、このキスのシーンに別の見方ができるなと気づいた。具体的に気づいたのは、ラストでソシエが自転車で駆け下りるのと、TV版第2話でロランが成人式の朝にハイテンションになって駆け下りるのが相似形を成している、という点である。

 

 第2話で、ロランは一晩眠らずに鉱山の山肌でひとりで過ごし、夜明けの太陽を見る。「きょうは僕の成人式だー(^o^)」と叫びながら自転車で山道を駆け下りる。ところがその成人式の最中に物語が大きく動き始めるのは周知の通りである。

 そこから目まぐるしく歴史が過去と未来の双方向に遡行し、黒歴史だの月光蝶だの大騒ぎして、やっと平和が戻った。そしてソシエはロランとキスをして、かれが成人式の朝に駆け下りたのと同じ坂道をひとりで駆け下りる。それは、彼女なりの成人式の終え方だったのではあるまいか。

 

 別の言い方をすると、ロランとソシエは、成人式を終えきっていなかったのだ。

 

 たしかにホワイトドールの前で聖痕を付ける儀式はいちおう終えている。けれどもそれは成人式の前半部分までで、そのあとお祭りが夜通し行われるはずだった。それは大人の仲間入りをしたうえでのどんちゃん騒ぎである。この夜通しのお祭りまで含めて、成人式なのだ。大人になったのだから、お祭りでは酒や煙草も許されたかもしれない。広い意味では、義務や責任、また権利や自由が生じる。恋をすること、性愛を理解し家族を持つことも許される。

 

 ところが、ロランに聖痕を付けてもらった直後にディアナ・カウンターとミリシャの戦闘が始まってしまった。この後の展開をソシエお嬢様視点で追ってゆくと相当ヒドイ。家へ戻ると父は死んでいるし、お母様は気が触れるし、月から降りてきた女王様はお姉さまそっくりで、お父さんの仇を取るんでしょと煽られてカプルに乗ってるとギャバン大尉に求婚されちゃうけれどかれは核爆発で死んでしまい、なんとなく月まで行って帰ってくると月光蝶だとか黒歴史だとか闘争本能だとか、休む暇も無い。コレン軍曹の死に様を目撃すると繭から逃げてきたロランが手の中に戻ってきた。ううむソシエはほんとうによくがんばったなぁ。

 

 で、この間ずっと、二人の成人式はサスペンドしてしまっている。子どもと大人の微妙な中間状態で戦争についてゆくしかなかった。戦争が終わってようやく、キスをして金魚のおもちゃを投げ捨てて、二人の成人式は完結したのだ。聖痕の儀式の最中、ロランが「(金魚のおもちゃを持ち歩くのは)今夜で最後ですから」とソシエに言うのと、ソシエが最後に金魚のおもちゃを捨てるのはきれいに対応している。ソシエがその前後で泣いたり叫んだりしているのは、もうちょっとすんなり大人になりたかったぜ、ディアナ様とかグエン様とかまーいろいろ事情があったのはわかるけどメチャクチャにしやがって、という孤独な抗議の意味もあったのではないか。

 

 この見方をするなら、ソシエはもともと成人式の後半でロランとちゅーぐらいしてもよかろうよ、ぐらいの気持ちはあったのかもしれない。そこらへんの心理を拝察するのはやめておくけれど、そうして大人になったソシエがこれから何をしてゆくのかが全く語られないままなのは、とても気味が良い。サスペンドの期間中にロランが見出した答えは「ひとが、安心して眠るために」(ギンガナム御大将との最終決戦直前のセリフ)だった。ソシエが延長された成人式=戦争中に見出したこと、学んだことが具体的に描かれないのは、視聴者自身がその答えを代わりに引き受けよということなのかもしれない。その点では、ソシエは影の主人公だったのかもしれない。