しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

今村西宮市長の思い出

 今村岳司・西宮市長が辞職した。

 

 全国ニュースでも取り上げられたが、先日の「殺すぞ」発言が直接の引き金になった。ただ、今村市長はこれまでもマスコミとの関係を必要以上に緊張させており、議会からの批判は今に始まったことではない。もともと自由・民主・公明の相乗り候補を破って市長当選したという経緯もあり、安定した足場を議会において持っていなかった。

 さらに関西では「維新」が各地方議会に進出を伺っていたが、今村市長は「隠れ維新」ではないかと警戒されていたことも彼の立場を弱くしたように思う*1

 

 「思い出」というタイトルを付けてしまったが、別に個人的な思い入れがあるわけではない。一度だけ、西宮市内の福祉関係のイベントに挨拶に来ていたのを見たことがある。かれが当選してから間もないころだった。そのことを少し書こうとおもう。

 今村市長が舞台袖から現れたとき、拍手はまばらだった。福祉関係のイベントであり、おそらく会場の聴衆はどちらかといえば「左側」のトーンが濃く、タカ派イメージの今村市長はもともと歓迎したいゲストではなかったのだろう。また、かれはそのころマスコミの市役所への取材に制限を設けると言い出していて、それが地元ニュースで批判的に取り上げられていた。

 今村氏はテカテカと早足で舞台中央に向かった。足首に妙にスナップを効かせる歩き方だった。

 声は甲高くも無理に低くもなく、聞きやすい話し方を保った。話の具体的な内容は忘れてしまった。ただ、いくつか印象に残ったことがある。ひとつは、市役所の職員を「我が社の社員」と呼んだこと。非効率的で身動きの取れない行政組織の長としてではなく、機動的で財政制御のできる「辣腕経営者」として自身をアピールしたかったのだろう。

 ふたつめは、話の中心が、自分の過去の経験にもとづいた無理のない物語だったこと。たしか中学生か高校生のとき、身体障害のあるクラスメイトをみんなで担いで遠足につれていくことができた、みたいな話だったような…。聴くものの心を強く揺さぶる話ではなかったが、とにかく物語の流れがうまく整理されていて、聴くものを飽きさせなかった。だらだらと牛の涎のように話が長引くこともなく、さっと話してさっと切り上げた。さすが人口約50万人の市長であるから、ひとつの話芸であると思えた。

 みっつめは、挨拶が終わると明らかに拍手の勢いが増したこと。かれはその場に合わせた話題を選び、無難に語り、聴衆をひきつけ、そして引き上げた。なるほどこれは政治家にとって必須の技能なのだなぁ、とおもった。

 

 前述のように、今村市長は「隠れ維新」ではないかと警戒されていたらしい。しかし、かれのロールモデルは、橋下徹氏よりはむしろ、小泉純一郎ではなかったかとおもう。両者とも「敵」を設定するところは共通しているが、前者はその「敵」への攻撃姿勢を強調することで支持を集め、後者は「敵」との緊張関係の中へ有権者を巻き込むことに長けていた。前者は劇場内で自分が剣闘士になって見せ、後者は劇場に市民をどんどん招待した。今村市長は結局どちらにもならなかったが、おそらく橋本型・維新型のあまりにあからさまで下品な攻撃スタイルは西宮市民の趣味に合わないと判断したように思える。むしろ、市行政機構(職員)の非効率性を叱咤監督改革し、その行政を追認してきた議会多数派を合わせてやり玉に挙げるというスタイルを演じようとしたのではないか。これは小泉氏の手法に重なるようにおもえる。しかし今村氏は議会を直接ひっくり返すほどの劇場用脚本を用意していなかった。

 代わりに目立つことになったのが、マスコミへの取材規制だった。しかしこれは悪手の連続だった。かれは行政・議会・マスコミの三方に不信を抱いているようだった。そしてそれらを同時に敵に回した。市民もマスコミ叩きに追随するよりは、自分たちの「知る権利」を奪う政策であると受け取った。論理的に敵を追い詰めてゆく闘士というよりは、感情的になって周囲が見えなくなっている孤独な権力者というイメージを呼び込んだ。

 

 もう一点だけ追記。

 阪神地域では、現在、「UR復興住宅の20年期限満了立ち退き問題」が頻繁にニュースになっている。この問題で、西宮市は阪神大震災被災自治体のなかで最も強硬な姿勢を維持している。この姿勢が、「行政の支援に甘えている老人に厳格にルールを適用し、市の財政を再建させている辣腕市長」として市民に映るか、それとも「(かつての)被災者を追い出そうとしている悪役市長」として映るか。どちらの意見もありうるけれど、おそらくかれはこの問題で(結局は幻となった)二期目の票を目減りさせたように思える(わたしのイメージ、あるいは願望にすぎないのだけれど)。

 この問題については、今村市長自身がかつて震災で住まいを失ったという事情も文脈に引き込むことができるかもしれない。「自身も被災者だった、だから現在の復興住宅住民にも優しくする」というストーリーなら、有権者受けしただろう。しかし彼は「自身も被災者だった、だから現在の復興住宅住民に優しくしない」というストーリー(あるいは「だからといって…優しくしない」というストーリー)を選択した。この選択に関しては、かれの内部ではおそらく一貫した論理がある。しかしそれを有権者やマスコミにじんわり共有させてゆくことはなかなか難しい。結局、剥き出しの攻撃性だけがストレートに受信されてしまった。それを共有したいと願うひとは少なかった。

*1:関西圏以外の方に説明しておくと、神戸と大阪の間に位置する西宮市は、伝統的に高級ベッドタウンとしての自己ブランドを意識している。「ハイカラ自慢の神戸ほど騒がしくなく、ごちゃまぜの大阪とちがって品があるのだ」というイメージ。維新の伸張は「大阪的なもの」の侵略と捉えられ、選挙となると警戒心を引き起こす