しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

京王線放火傷害事件の動画を観察する

なんでこんなひどいことするんだろう…という慨嘆はひとまず措いて、乗客が撮影した動画が上がっていたので、その動画内部でわかるところに絞って観察・検討してみる。

 

まず移動中の地下鉄車内の火災であることから、以下の点が容易に想像される。

1)避難者が火元から遠ざかる方向へ車両を移ってゆく。

2)火災前、各車両には乗客が偏在せず乗車しているとすれば、移動が進むにつれて移動する避難者は増えてゆく。

3)車両連結部の横幅は人間1人分しか確保されておらず、この連結部およびその数が避難行動の制約条件となる。

以上から、多数の避難者がおおむね同じ避難行動を取る群衆避難であり、なおかつ各車両の連結部前で、ひとが移動したくても移動できない滞留が発生することが予期される。(予期されるというか、動画を見て、うわー昔の論文どおりなんやなぁと改めて理解したというのが正しいのだが)

 

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正確にはカウントできなかったが、動画が始まって最初の6秒で20~25人が火元側の車両から撮影者の方へ逃げてくる。

 

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最初の20人は切れ目なく続いたが、その次(便宜的に「第2波」と捉えることにする)まで10メートルほどの間隔が空いた。画面奥側の連結部の移動で何かトラブルがあったのかもしれない。

「危ない危ない」「押さないで押さないで」という男性の声が聞こえる。こうした声掛けが有効であることは緊急時リーダーシップの研究で明らかにされている(大韓航空機着陸失敗事故についての三隅二不二らの調査など)。

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その後も走り込んでくる避難者が続く。画面中央の若い男性はバランスを崩して転倒しかけている。この方は体勢を持ち直すことができたが、もし転倒していたら連鎖的に転倒が起きていたかもしれない。

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そしてまたいったん間隔が空く。画面奥で見えづらいのだが、狭い連結部に2-3人がひしめきあって出ようとして詰まっているようにも見える。また、画面手前右側の男性は座席に座ったままである。この時点でも避難行動を開始していないのだが、すでに撮影者側の連結部にも避難者が滞留しており、立つに立てない状況だったのではないか。

「行って行って」「早く早く早く」「前行って」という声かけが続く。切羽詰まってはいるが、取り乱した怒号というかんじではない。なんとか落ちついて動いてゆこうという、これも有効な声掛けであるように思う。

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連結部から出るところで、コートの女性2名が連鎖的に転倒する。この2名は直後、起き上がって手前側に走ることができている。

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ここでカメラがいったん反対側を向く。25名ほど?が滞留していることがわかる。各避難者個々人が急いで走っても、結局連結部で脱出速度が制限されてしまう。

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その後も火元側からの移動が続く。再び連結部から出たところで2名が転倒する。しっかりとはわからないが、転倒者を助け起こす人はいないようにも見える。

このあと、撮影者も隣の車両へ移動する。連結部前で滞留は生じるものの、それなりに順繰りに移動が進んでいたように見える。列車が駅に入ると、「降りれる」「落ちついて降りよう」という声掛けが生じている。同時に女性の泣き声も聞こえる。

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隣の車両に移って、右側の髪を染めた男性が左のヘッドホンの男性に手で触れ、立ち上がらせて避難の流れに巻き取っている。無差別に人を刺し火を付ける人間がいる一方で、こうした人間性の発露があることに感謝したいと思う。

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停車するとほとんど間髪置かずに窓からの脱出が始まる。動画序盤の移動時には他人を押しのけ合うようにして走っていた避難者が多かったが、ここでは後ろの避難者が先に出るひとの補助をする様子が見られる。連結部は一つずつだが、窓は櫛状の脱出路を提供するので脱出が一挙に進む。

 

動画を少しだけ丁寧に見たうえでの感想を列挙する。

  • 最後に窓から順次脱出できたのは、乗客の密度が低かったため。手足の動きがかなり必要になる。
  • パニックはやはり起きず、集団としては冷静さを維持するように声掛けなどが生じる。また、危険からある程度遠ざかる・脱出の確実性が上がると協調的な行動が目立つように思える。
  • 連結部の群衆避難は波状になる。転倒や目詰まりが断続的に生じるため。