しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

室戸台風は当初「室戸台風」と呼ばれていなかった

 それでは、なぜ室戸台風は室戸台風なのか。

(…)中央気象台は『気象要覧』第421号(9月分・10月末発行)を出した。これが、われらの室戸台風を、まさしく〈室戸台風〉と名付けた最初の文献となるのである。(…)

 ところで、こうしたせっかく室戸台風と呼ばれることになったにもかかわらず、世間一般には、そのネーミングが使用されたわけではなかった。被災直後から数年間に刊行された多数の災害誌・記念誌のたぐいをみても、室戸台風の呼称が使われている例は、わたしの知るかぎり、ひとつもない。官公庁をはじめ、学者・研究者、新聞社その他のジャーナリズムのすべてが、たとえば

〈昭和9年9月21日関西大風水害〉というふうに呼び慣わしたのである。(…)

 ちなみに、気象庁に勤務する大谷東平が、昭和15年に岩波新書で『暴風雨』という本を出したとき、そのなかの随所で〈室戸台風〉なる呼称を使っている。これからすると、この語が一般に広く知れ渡り、使われるようになったのは、それからあとのことに属するのかもしれない。

(上村武男『災害が学校を襲うとき ある室戸台風の記録』創元社、2011年、pp.36-39)

 

 昭和9年9月に室戸台風が襲来し、その翌月末にすでに気象庁が「室戸台風」と名付けた。が、その名称は全く使われず、昭和15年の岩波新書で使われてから一般化したと著者は推測している。その間に使われたのは「関西大風水害」などである。

 著者は図書館などで「室戸台風」で検索したが当時の記録が全く出ず、「関西大風水害」に検索ワードを変えるとボコボコ出てきたと付記しているが、これはわたしも過去に全く同じ体験をした。

 昨年の台風19号も「東日本台風」と特に名前が付けられたが、周りでそのように呼んでいるひとは一人もいない。「2019年の台風19号」と言って、それから「長野で千曲川が決壊した」などと付け加えることが多い。気象庁が名前を付けたからといってそれがそのまま用いられるとは限らないらしい。あるいは「東日本」は震災のイメージが強いので台風につけると余計にわかりづらいという心理が働くのかもしれない。

 

災害が学校を襲うとき―ある室戸台風の記録

災害が学校を襲うとき―ある室戸台風の記録

  • 作者:上村 武男
  • 発売日: 2011/09/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)