しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

長生きケレンスキー

 ケレンスキーというひとはロシア革命後に政権を担い、その後レーニンに負けて亡命した。ボリシェヴィキからの視点ではかれはここで表舞台から退場するのでその後の消息をわたしは考えたことがなかったのだけれど、先日Wikipediaを見ていたら1970年まで存命だったと知って驚いた(1881生−1970没)。亡命後はニューヨークで活動していたという。アポロ11号の月面着陸の翌年ということになる。祖国の激動を生身で受け止め、世界史の舵をみずから切ろうとして途中で奪われ、逃げて命をつなぎ、宇宙開発競争でアメリカがいったん勝利を収めたところまでを見届けて亡くなった。

 溥儀もいくぶん似た立場のひとであるかもしれない。1906年生まれ、1967年没ということなのでケレンスキーより寿命は短かったが、大清国滅亡後も人生をまっとうしたというべきか。

 エチオピア最後の皇帝ハイエセラシエ1世は1892年生まれ、1975年暗殺された。ムッソリーニに侵略されたが亡命して戦後帰還した。まだ皇位にあった1970年、大阪万博に来ていたのを、当時中学生だったわたしの父が眺めたという。背の高いひとだった由である。

ロシア革命史〈1〉 (岩波文庫)

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