しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

回復と下山(中井久夫『徴候・記憶・外傷』みすず書房、2004年)

急性期から回復していくのを、私は山から下りるのにたとえたことがあります。回復は山から下りるときの感じですね。私もちょっと山登りをしていたことがありますけれども、回復の一つの特徴は目標がはっきりしないことです。発病のときに目標があるかというと、患者さん自身は頭の中で「この苦しいところを突破したら、いままでの自分と非常に違うところに生まれ変わるんじゃないか」と考えておられることが、決して少なくありません。そう思いながら、トンネルの奥の奥のほうへ入っていくとか、山でいえば、嵐に遭ったときには裾野に逃げればいいんだけれども、かえって山頂のほうへ逃げてしまう人が患者さんであると考えていいかもしれません。

中井久夫『徴候・記憶・外傷』みすず書房、2004年、223頁)