しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

声と傷: 朴璐美様のリテイク

 『∀ガンダム』のロラン役、『鋼の錬金術師』のエド役で有名な声優・朴璐美さんのロング・インタビューが非常に面白かったので紹介したい。

 いろいろなことが語られているが、いちばん心に残ったのが『鋼の錬金術師』の有名な「君みたいな勘の良いガキは嫌いだよ」の収録時のエピソード。

 元記事から引用するとほぼ全文コピペすることになるため要点を書いてみると、このシーンは前日のリハーサルから感情が乗ってしまい、収録時に「ぶあああっと涙腺が崩壊してしまって」。こんなに冷静さを失ってしまっては口パクも合わないだろうと思ったが、「そうしたら気持ち悪いくらいに、ぴっっったりエドと朴が合う」。それはエドに乗っ取られたような、身体をエドに貸しているような体験だった。

 

ところが「気持ち悪いくらい」にエドにシンクロした演技の収録が、音響監督にリテイクを命じられる。

 私も(すべてを出しきったことで)放心状態だったんですが、普通に三間さんからリテイクを要求されて。「……え? 今のシーン録り直し? 嘘でしょ、私もうこれ以上のものはできない!」って。それで、「もう絶対に(あれより良いものは)できないから、さっきのテイクが本番で使われるに違いない」と思いながらリテイクをしたんですね。〔中略〕

 それで1回目のリテイクを録ったら、「はい、これいただきます」って言われて。

〔聞き手〕えっ!?

 そう。さすがにブチギレて。もう半泣き状態になりながら、「どういうことですか! 全然意味がわかんないです!」って言ったら、(三間さんがアフレコブースに)入ってきて、「たしかに、さっき本番で録ったテイクは、エドとして最高のテイクでした。だけど、我々が作りたい作品は、『子どもたちに傷を残さないように、痛いことを教える作品』。あなたのさっきのお芝居では、傷がついてしまう。だから、さっきのテイクはいりません。こちらを使わせてもらいます」と。本当に「この野郎、殺してやる…」って思ったくらい、悔しくて悔しくてしょうがなかったんですけれど、またひとつ教えられたというか。

 演者は役のことを考えるのが仕事ですけれど、演出っていうのは、やっぱり画面の向こうの視聴者のことを考えるものなんだよな、っていうことを教えられた瞬間でしたね。そのときはもう3ヶ月ぐらい納得ができなくて、「顔も見たくない!」と思ったりもしましたけど。

 

 太字は引用者による。わたしがこのエピソードで重要だと思うのは2点。ひとつは演技と演出は違うということ。もうひとつは、「声」は、ときに、それだけで聞く者の心に直接ぶつかってくるということ。認識、知覚、理解という段階を踏んで徐々に受け取られるのではなく、そのひと(ここではエドであり朴璐美さんである)の有り様をまっすぐ届けてしまうこともある。