しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

エスノグラフィ研究の落とし穴 (イアン・パーカー(八ツ塚一郎訳)『ラディカル質的心理学』2008年)

この1ヶ月、博論を提出し終えてから、質的研究の方法論に関する本を読み始めている。順序が逆だろうと思われるかもしれないけれど、そういうものらしい。調査を始める前にも何冊か読んだのだけれど、うまく頭に入らなかった。不思議なもので、研究にいったん区切りをつけてからいま改めて方法論の本を読むと、自分がやっていたこと、やろうとしていたこと、失敗したこと等がよくわかる。腑に落ちる。

 

そのようなわけで、イアン・パーカー(八ッ塚一郎訳)『ラディカル質的心理学 アクションリサーチ入門』(ナカニシヤ出版、2008年)を読んでいる。有名な本。めちゃくちゃおもしろい。基本的に毒舌で、読んでいてしばしばドキッとする。一箇所だけ引用する。

 

以下のような物言いをしてはならない。適切な研究評価の妨げにもなる。

1 私は幸運にもコミュニティからの信頼と尊敬を得ることができた――コミュニティに受け入れてもらえるかどうか、あなたがあまりにも不安そうなので、コミュニティの人々が気の毒に思って相手をしてくれただけである。あるいは、コミュニティの特定の層が、あなたを味方につけようと計算ずくで対応してくれたのだ。自分がどう受けとめられているかを研究者は常に問い続けなくてはならない。

2 部外者には滅多に見ることのできない実態を私は観察できた――日常生活のドラマが観客向けに上演されることは滅多にないとあなたが思い込んでいただけのことである。日常生活のドラマは常に誰かに向けて演じられるものだし、そこには「舞台裏の真実」など微塵もない。(後略)

3 論文執筆にあたってはコミュニティのすべての住民からヒアリングを行った――コミュニティを動かしているもっとも有力なフィクションにあなたが引きつけられているということである。すなわち、コミュニティのすべての人々の声、あるいは、それさえ聞いておけばいいと思える人々の声が聞けたように、そのフィクションが思わせてくれているのである。まったくちがった説明の可能性もあることに常に注意しなくてはならない。(後略)

4 この説明にはコミュニティの人々も満足するであろう――(中略)すべての人々の自己イメージに沿うようコミュニティのイメージを小ぎれいにまとめて、文句の出そうなことは隠したということである。(68頁)

 

フィールド調査をまとめた経験のあるひとで、ここを読んでヒヤリとしないひとは少数ではなかろうか。ここに挙げられた4つの言い回しは、現地調査がうまくいきましたという「予定調和」を仕上げてくれるフレーズである。予定調和への欲望が認識を歪める。