しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片を毎日1000字くらいで書く。

図書館の本に書き込んではならぬ

大学附属図書館で借り出した本に書き込みを見つけると、なんとも悲しくなる。全く、本当に、完全に基本的な、当然の、当たり前のルールであるのだけれど、

 

図書館の本に線引きや書き込みをしてはならない。

 

図書館蔵書への線引き、書き込みは実は多い。鉛筆で黒々と傍線が引かれている。

書きこんだ当人は勉強した気分になったかもしれないけれども、そのとき気持ちよくなっただけだ。より大きなものを損なっている。その大きなものとは、自分が生まれる前から存在し、死んだ後も残る巨大な知である。図書館の蔵書は、その知の外皮のようなものだ。そっと本に触れ、そっとページを開き、静かに読んで、またそっと書架に戻さなければならない。わずかに触れる、ということだけしかできない。集積された知というものは、自分の存在に比べてあまりに巨大だからだ。

 

図書館の本はきみの所有物ではない。ということを、大学の最初の授業でしっかり教育してほしいとおもう。通常の書店で売り物の本を立ち読みしながら書き込みを入れるだろうか。もしそれが許されないと感じるなら、なぜ図書館の本ならOKだとおもうのか。

 

若い学部生のひとびとの中には、自分の存在の痕跡を研究室に残そうとするひともいる。卒業したらじぶんがかき消えてしまうように感じているのかもしれない。その気持ちもわからなくはない。蔵書に書き込みをするひとも、もしかしたら、なんらかの痕跡を残したいという欲求があるのかもしれない。しかしその対象として図書館の蔵書をえらぶのは、やはりいけないことだとおもう。図書館に痕跡を残したいなら、自分で著作を書いて納めるほかない。