しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片を毎日1000字くらいで書く。

戸籍とじぶん

区役所に行った。「戸籍」に関する窓口があった。

わたしがこの窓口に来ることがあるかどうか、わからない。もしあるとすれば、じぶんの子供が生まれたときと、親が死んだときだろう。

いずれにしても、「家族」のことだけれど、自分自身ではないという意味で他人のことでもある。

 

戸籍という仕組みは、さしあたりこの国家に生きているうえで「じぶん」の存在に深く食い込まされている。戸籍制度など無ければ良いとつねづね思っているけれど、わたしの一存で改廃できるものでもない。さしあたり、わたしの戸籍という何かがこの国の制度において記載されている。

 

ところがその「わたしの戸籍」について窓口に届けにゆくのは、わたし自身ではない。

わたしが生まれたとき、たぶん父がこの窓口に来て戸籍を登録した(この区役所のこの窓口ではなかったはずだけれど)。それはわたしが全く知りようの無いことだ。知らない間に生まれていて、気づくと愛され育てられていた。そして知らない間に戸籍が作られていた。

もしわたしがいま死んだなら、やはり両親か家族の誰かが死亡届を出しに来ることになる。もっと先に死んだなら別のひとになるだろうけれど、いずれにせよ、原理的に、わたしの死亡届をわたしが提出することはできない。

 

わたしの社会的な存在に深く関わるものが、わたしの意志や自己決定といったこととまったくかけ離れたところで成立し抹消されている。不思議なことであるなとおもった。