しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片を毎日1000字くらいで書く。

後悔について

あんなことをしなければよかった、言わなければよかった、と後悔することがよくある。

後悔したくなければ失敗しなければいいのだけれど、根がアホなので失敗を繰り返す。そして後悔する。


後悔は苦痛を伴う。ところがそれと同時に、心のどこかで、「自分がしでかしてしまったことについてこんなにも後悔できるだなんて、自分は実は良い人間なのではないか」という転倒した快の感情が生じている。

おそらくは、苦痛とバランスを取るための作用なのだろう。


もう一つ、不思議な現象がある。

普段、後悔は反復する。ところがある昔の事件についての後悔は、それを繰り返しているうちに、次第と和らいでしまう。まるで後悔には有効回数があって、何度かそのチケットを切っていると事件が無効になってしまうかのようだ。

さらに、古い事件の後悔は、新しい事件が起きると急速に力を失う。古い後悔が新たな失敗の後悔に押し出されるかのように、あるいは上書きされてしまうかのように。

そのため、心には常に後悔があるが、正確には「常に直近の事件の後悔しかない」と言うべきだ。


こうして後悔が更新されてゆくが、それはあくまで私においてのことであって、その過程は私の失敗や失言の相手であった他人には無関係である。このズレがさらなる失敗を生む。