しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

英国ホロコースト記念館の「生存者3Dインタラクティブ会話アーカイブ」

英国ホロコースト記念館 The National Holocaust Centre and Museumで、10人のホロコースト生存者の3D映像を記録し、かれらの死後も、インタラクティブ・システムによって、映像が質問者と応答できるようにする、というプロジェクトが進められている。以下の記事で偶然に知った。

 


 どう考えたものかわからない。けれど直観的に、このプロジェクトは何か間違っているのではないか、とおもった。とくにインタラクティブ・システムである。プロジェクトのウェブサイト(https://www.nationalholocaustcentre.net/interactive)には次のように説明されている。

 

The Forever Project uses advanced digital technologies that enable children and adults not only to hear and see a survivor sharing his or her story, but also allow them to ask that survivor questions and hear them giving answers to hundreds of frequently asked questions.

〔雑訳〕「フォーエバー・プロジェクト」は、先進的なデジタル技術を活用しています。これにより、子供も成人も、生存者のすがたを目で見て耳で聞き、かれらの物語を共有することができます。それだけでなく、〔3D映像の〕生存者に、数百のよくある質問を問い、答えを聞くことができます。 

 

 このシステムは、なにか大切なものがごっそりとこそぎ落とされている気がする。10人の生存者の3D映像は、来る日も来る日も、同じ質問を受け続ける。数百のfrequently asked quesionsのレパートリーがデータベースに収められている。若い来館者の質問はたいていそのどれかに当てはまってしまうだろう。そして映像は答える。

 あるいは、もしデータベースに該当質問が無ければ、映像は「ううむ、それは私には答えられない」とか、「私はそのことはよく知らないんだ、体験していないからね」と答えるのかもしれない。

 これは全くの推測だけれど(つまり実装されたシステムでは別の方法が取られるかもしれないけれど)、おそらく「答えたくないな」「どうしてもそれは言えない」という答えや、沈黙は存在しない。つまりスムーズに回答できる質問と答えのペアと、「DBにありません」という返答の組み合わせしかない。それはまさにたいていのメーカーがウェブサイトに備えているFAQページと同じ発想で、そこに生存者の3D映像という”ガワ”をかぶせているだけなのではないか。

 もうひとつ違和感を持つのは、生存者にとって、同じ質問を繰り返し聞かれること自体がしばしば苦痛である、ということが、このインタラクティブFAQシステムからはすっぽりと抜け落ちているのではないか、ということである。ホロコースト生存者で後に自殺したイタリアの化学者/作家プリーモ・レーヴィは、若い学生からしばしば「なぜ収容所から逃げなかったのか」「なぜ収容所で反乱を起こさなかったのか」「なぜユダヤ人の大量移送が始まる前に、あるいはファシストが政権を取る前に、反抗しなかったのか」と質問を受ける。かれは一時期までそうした質問に粘り強く答えていたが、ある時期から倦んでしまう。『休戦』の学生版に付された詳細で初歩的な脚注を読んでいると、レーヴィの嘆息がほのかに聞こえてくる気がする。あるいは似た事例として、アメリカのベトナム戦争帰還兵はしばしば「戦場で敵を殺したの?」と子供から聞かれる。

 これらの紋切り型質問は生存者に健全な世界と自分との深い断絶を再確認させる。インタラクティブFAQシステムはそうした断絶や絶望とは無縁である。そこに、危うさや不安を覚える。あるいはもしかしたら、録画に同意した10人の生存者は、そうした絶望を既に何度となく体験したうえで、なお3D映像というかたちでそれを永遠に引き受けるつもりなのかもしれない。