しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片を毎日1000字くらいで書く。

ハンセン病療養所入所者への全国アンケートのこと。

 雑誌『WEBRONZA』に、ハンセン病療養所入所者へのアンケートという記事が掲載されていた。

 


 この21年間で、全国のハンセン病療養所施設の入所者は約5500名から約1500名へ減少している。この間、4000名が亡くなったということになる。著者は全国の療養所にハガキでアンケートを依頼する。50名でも返事があればよいと思っていたところ、約500枚もの返信があった。

 

 面白い、という表現は適切ではないと思うのだけれど、そのアンケートの問いかけが独特で、紹介したいなと思った。

ここにまとめるのは、3つの質問のうちの2番目で、「あなたの今の気持ちは?」と尋ねたもの。10項目の下記の気持ちを並べ、〇印をしてもらった。

 ① 差別、許せない
 ② 赦します
 ③ お母さーん
 ④ 故郷に帰りたい
 ⑤ あきらめている
 ⑥ ありがとう(感謝)
 ⑦ さようなら
 ⑧ 呆けたくないな
 ⑨ この病気のおかげ、もあります
 ⑩ 年取って、何が何だか、わからない

 「お母さーん」や「呆けたくないな」や「この病気のおかげ、もあります」やら、フレーズがぶつ切りに並べられていて、およそ一般の研究調査やアンケートのスタイルからはかけ離れている。もし学生が量的調査の実習授業でこんな質問用紙を出してきたら、教員は作り直しを命じるだろう。

 けれど、とても高い割合(入所者のおよそ三分の一)でアンケートの返信があったということは、この項目のフレーズが入所者にとって「しっくり来る」ものだったことを意味しているのかもしれない。たぶん、これらのフレーズは著者のこれまでの経験によるものなのだろう。経験というか、実際に療養所の入所者からしばしば聞いたことばなのだろう。

 

 単なる研究調査として見た場合、上記の項目に答えたアンケート結果は、とても使いにくいと思う。研究者は調査結果を解釈しなくてはならない。しかし「お母さーん」はどのように解釈したらいいのか。そもそも普通は解釈することを前提として質問項目を作るのだから、通常の研究調査なら、最初から「お母さーん」は発想として出てこない。

 一般の研究調査なら、「家族のことを懐かしくおもいますか? はい/いいえ」という質問文になるかもしれない。しかしこれでは、「お母さーん」の代わりには到底ならない。

 

 たぶん、アンケートをとった著者の目的は、精密に統計を取ったり解釈を施したりすることではなく、死を前にした1500名の入所者たちの声を、できるだけそのまま遺すことにあるのだろう。それは狭義の「研究」から少しズレる試みとなる。そういう素直な試みのほうが、ごみゃごみゃした「研究」より、ずっといいなとおもう。