しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片を毎日1000字くらいで書く。

ケンタッキー州「中絶を受ける妊婦に胎児の超音波画像を見せる法案」の続報

yomu.hateblo.jp

 

 米国ケンタッキー州で、中絶手術を受ける妊婦に、胎児の超音波画像を見せ、心音を聴かせることを強制する法案が提出されたというニュースが今年のはじめにあった。

 上記エントリではこの法案があまりにグロテスクだと批判をこころみたが、その後、この法案がどうなったかが気になっていた。検索すると新しいニュースがすぐに引っかかったので、すこし紹介したい。

 

www.usatoday.com

 

 記事によると、The American Civil Liberties Unionという団体が、同州で唯一中絶手術を行っている「EMW Women's Surgical Center」を代理して、この法案の差し止め訴訟に打って出た。法案そのものは1月9日に知事が署名したのだが、この訴訟により裁判所から(日本で言うところの)差し止めの仮処分が下されている状況らしい。

 

 ACLUは「超音波法」反対の立場に立っている。ACLU側の弁護士は、この法案が、医師が患者に対して自由に話し、適切な情報を与えるのを禁ずることになるとして、合衆国憲法修正第一条を侵害するものだと主張している。すなわち、この処置の最中、医師は超音波診断用の器具を患者の女性器に差し込みながら、画像を見て胎児の様子を説明しなければならないが、これは医師・患者の双方に多大な苦痛を与えるものである、と。

 

 なぜ修正憲法第一条の侵害という主張なのか。修正憲法第一条は「言論の自由」を保障する。門外漢なので全くの推測だが、ここでの「言論の自由」は、言いたいことや書きたいことを政府に抑制されてはならないというニュアンスだけでなく、自分の意に反することを述べるよう強制されてはならない、というニュアンスもあるのかもしれない。だから、中絶手術を受けに来ている女性に「ほら、今から中絶されるあなたの胎児はいま子宮内でこのような姿をしています」と説明するよう強制されることは、医師にとって「言論の自由の侵害」にあたるわけである(と、とりあえずわたしは解釈した…)

 

 さてACLU側の主張に対し、州の保健行政側の弁護士は、本法案は「中絶を後悔するかもしれない女性、中絶の手続きについてよく理解していないかもしれない女性を守ること」を意図しているのだと反論する。超音波画像と心音によって、女性は「ああ、わたしの中にひとりの生きた人間がいる、本当は自分は中絶なんてしたくなかったのだ」と再考するに違いない、と。

 

 以下自分の感想。法案の反対の論拠が、「医師の言論の自由を侵害する」という筋で示されているのが意外だった。手術を受ける女性に不要の苦痛を与えることが最大の問題だとわたしは思うのだけれど、法廷ではそこを攻めても勝ちにつながらない、ということなのだろうか。

 第2に、「女性を守るための法案なのだ」という推進側の主張がやはりグロテスクきわまりないということ。中絶を受ける女性=自分が誤った判断をしていることに気づかない存在、と設定したうえで、彼女らに正しい道に戻るための機会を与えてあげるのだ、という考え方である。パターナリズムのお手本だ。

 「誤った判断」をしようが、それはあくまで彼女ら自身の判断であって、他人が口出しすべきではない……というふうには、「超音波」賛成派のひとびとは考えないらしい。

 かれらにとって、彼女らが「正しい道に戻らない」ことは「死後に地獄に堕ちる/最後の日に復活できない」ことを意味するのかもしれない。そうなると、彼女らがみすみす堕落してゆくのをだまってみている自分も同罪である。そういう論理があるのかもしれない。