しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片のための場所。

手を見る、手を触る

 忘年会で、なんとなくすることもなくて、同席者の手を見ていた。

 ある程度知っているひとの手を見ると、なんとなく納得するものがある。ああ、たしかにこのひとはこういう手のひとだなぁと感じる。大きな、わしっとした手。肉付きの良いまるっとした手。細く優美な手。

 うまく表現できないけれど、手の「かんじ」というか、表情というか、手はある種のアトモスフィアをそれぞれ帯びている。顔に「顔つき」があるように、手にも「手つき」がある……と書きたいけれど、「手つき」と書くと別の意味になってしまう。

 

 手がある種の個性を持つことは、日常生活における手の役割の重さ・広さを考えてみれば、そう驚くようなことではない。わたしたちは「顔」が自他の個性の大半を担っているとふだん考えているけれど、実際のところ知覚もコミュニケーションも、顔が全てではない。自分の手が話したり見たりするのではないし、相手の手から聞き取ったり手を見つめるのではないけれど、それにもかかわらず、手は知覚の最前線にいる。

 

 そのために、手はその存在全体に個人の歴史を何層にも沈殿させている。「この手は、苦労してきた人の手だ」などと俗に言う。ちなみにわたしの母はわたしの手を見るといつも「きれいや手やなぁ、苦労してへん手やなぁ」と感心する。感心というのか、なんというのか……。

 

 手は知覚や仕事を多様に引き受けるので、人生のさまざまな経験がそこに沈殿している。皮膚のきめや、傷や、節の具合だけでなく、力の抜け具合や、震えや、ものへの触れ方にも、それらの歴史がそのつど現れている。サーフェイスやかたちや動きをひっくるめた手の存在全体が、人生の年輪のように現れている。

 

 ところがただ現れているだけでなく、その年輪的な手が、やはりいまこのときの作業や知覚において、その最前線で世界のへりを探っている。わたしはこのことがたいそう面白いとおもう。本物の樹木の年輪は幹の内側へくりこまれてしまって、おもてに現れてこない。けれども手は、歴史を引き受けながら、歴史をそのつど生み出している。農夫の指は土をさぐり、ピアニストの指は鍵盤をさぐる。

 

 このようなことを考えていて、ひとつ思い出すことがあった。先日、重度心身障害者の親子が参加するワークショップに、たまたまの偶然でお邪魔した。わたしの近くにいた方は、身体の重い麻痺を生まれたときから持っていて、とくに(どっちか忘れたのだけれど)片半身の麻痺が強いということだった。

 その方の手に触ってみた。麻痺が強い半身の方の手は、ぷにぷにしていた。麻痺の程度が弱い方の手は、肌のおもてがしっかりしていて、表情があった。つまり、動かすことの多い方の手はがっしりしてきて、麻痺の強い方の手は生まれてからずっとやわらかなままなのだった。ひとつのからだに、赤ちゃんの手と大人の手の両方を持ってるんやなぁとおもった。ふしぎな体験だった。その方は、わたしの手をどのように感じ取ったのだろうか、といまになって思った。