しずかなアンテナ

哲学の瓦礫片を毎日1000字くらいで書く。

大学校舎の災害避難訓練がけっこう無意味っぽかった(らしい)

 きのう研究室にゆくと、いまちょうど避難訓練が終わったところ、と教えられた。

 文学研究科が入っている校舎(法学研究科、経済学研究科も同居)の避難訓練だったらしい。

 

 避難訓練の手順を聞くと、かなり無意味な…というのは言い過ぎかもしれないけれど、さっぱりした「訓練」だったらしい。

 訓練はおおむね次のような流れだった(会話から再構成)

1.館内アナウンスが鳴り、避難訓練開始が告げられる。

2.館内アナウンスで、「2階北西の給湯室から出火」(との想定)が告げられる。

3.「フロア長」というこれまで聞いたことのない役職の人が先導し、1階、2階、3階、4階、の順に校舎内の人間を外に避難させる。

4.避難した教職員学生は校舎外に30分ほど留め置かれて、訓練終了。みな部屋に戻る。

 

 自分が実際にこの訓練に参加したわけではないけれども、聞く限り、これではかなり訓練の意味が無いのでは、と思う。

 

 参加させられた友人の院生がいちばん強調していたのは、「”北西の給湯室”ってどこ?」ということだった。ふだん校舎を方角で意識することはない。北西と言われてもピンと来ない。経済学研究科の方で、と言われたほうがまだマシ。

 2階で出火しているのに、3階や4階の人間が他の階の避難を待つという想定も異常だ。ビル火災時に建物内の人間がどう行動するかは災害心理学の古典的なテーマで、半世紀以上前から研究されている。

 

 最大の問題は、避難マニュアルが上手く機能するように避難訓練の手順とアクシデント発生を見積もっていることだ。「今日の訓練では2階の給湯室から出火することになっていますからね」とみんなで打ち合わせてから訓練開始するようでは、全く意味が無い。

 

 最も良いのは、避難マニュアルを実施するチームと、アクシデントを発生させるチームとを完全に分離させることである。アクシデント生成チームは、どんな事件が起きるかは秘密にしておく。そして避難訓練が始まったら、給湯室から出火、2階でA先生が本棚の下敷きに、4階に車椅子の来客者がいる(エレベーターは使えないぞ!)などと、事件発生を告げる。停電しているので館内放送も使えない。

 わたしがアクシデント生成チームにいたら、真っ先に「フロア長役の人は当日出張で不在、マニュアルでは代役になるべきだった職員Aさんが倒れてきた機材で大怪我」と告げるだろう。

 

 おおげさなようだけれど、このような工夫をしないと、「シャンシャン訓練」にしかならない。守りたいのはマニュアルなのか、命なのか。

 

 もうひとつ書き加えておくと、学生の帰宅困難についても想定してほしいと思う。豊中キャンパス内で火災が起きたり死傷者が発生するような直下型地震災害が発生したなら、周囲の住宅地はさらに被害が拡大している。豊中箕面、池田で火災・生き埋めが同時発生し、当然阪急宝塚線も停止する。

 昨日の避難訓練では、なんとなく校舎外に30分ほど滞在したあと、訓練終了が告げられてみな研究室に戻ったという。しかし大災害では「はい、これで終了」はそんなに早く訪れない。校舎からの避難が完了したとして、それからどうするのか。石橋や刀根山方面から火災の黒煙が立ち上っているのが見えたとき、学生を下宿に帰らせるのか、神戸や京都の実家から通学している学生はどうするのか。いったんキャンパス内に留めるとすれば、どこでどうするのか。迷っているうちに、石橋商店街の火災から逃げてきた近隣住民が待兼山に登ってくる。工学部で再び火災発生、しかし正門の石柱が倒壊して消防車が入ってこれない(そしてモノレール柴原駅が崩落して中国自動車が寸断、豊中病院は戦場に…)。ここまで想像して、訓練を考えてほしい。