さいきん読んだものから:花崎皋平『静かな大地』

 近現代のアイヌに対するシャモ(和人)の侵略と支配の歴史を少しずつ学ぶうちにわかってきたことのひとつに、日本国家の側は、アイヌ民族への同化政策が完了したとの総括に立って、台湾の高地民族への同化政策に応用をはかっていたということがある。

 戦前、戦後をつうじて北海道史の最高権威として有名な高倉新一郎北大名誉教授の主著で名著の評をえている『アイヌ政策史』は、たしかに資料の博捜の上に立った、基礎のしっかりした研究書であるが、昭和17年(1942年)初版の「第1章 序論」には、次のように「我が国の歴史」が総括されている。

「我が国の歴史は、是を一面より見れば、建国以来絶えざる膨張の歴史であり、又最も広義に於ける大和民族植民発展の歴史であった。殊にその飛躍は近代に於て著しく、明治28年には台湾および澎湖島を領有し、同39年には南樺太を獲得し、43年には更に朝鮮を併合して、是を台湾領有以前に比較すれば、面積に於て約30万方粁76・6=を増加し、従って、是に伴ひ約1720余万の半島人、約370万の本島人並びに所謂台湾高砂族、1520余の樺太土人を新たなる同胞として迎へたが、これら原住民に対する政策の如何は、常に彼等の生活を左右するのみならず、我が国の植民地経営の成敗に至大の関係があるのである。」

 この植民地経営と対原住民族政策の研究はまだ日が浅く、欧米にその範をとる傾向がつよいが、この著者の考えでは、「我が国」の広義における植民ないし植民的活動は、「実に建国以来の現象」であって、原住民政策には多くの経験をもっている。とくに東北・北海道の蝦夷に対する反乱鎮圧と同化の経験は貴重であり、その政策史をかえりみることは、各種の植民地類型に応じた原住民政策の型を具体的に示し、どうしたらよいかについての法則や原則の「発見」に役立てることができる……。

 高倉新一郎氏が、かつてのこの研究理念を、戦後、根底から反省して再出発した跡は見られない。(348-349頁)

 

 花崎皋平『静かな大地 松浦武四郎アイヌ民族』、岩波現代文庫、2008年。幕末、「蝦夷地」を六度歩き渡り、松前藩によるアイヌ弾圧を克明に調査した松浦武四郎の足跡をたどる物語。 

 日本のサバイバー研究/トラウマ研究は、常に首都から離れた周縁部から生まれている。三井三池炭鉱水俣、広島、長崎、沖縄、八重山、そして北海道。国家の中心部で組み上げられた政治的な論理が、中心から空間的・意識的に離れるにつれ、収奪と暴力のかたちをとって具体化する。末梢部分でちりちりと潰されてゆく悲鳴を聞き取ろうとするひとが、なぜか突然生まれる。松浦武四郎はそのような人間のひとりであり、日本で最初のサバイバー研究者かもしれないとおもう。

 引用した部分は松浦武四郎の伝記から少し離れて著者が考察している下りだが、じぶんは強い衝撃を受けた。アイヌへの「同化政策」(実際には「根絶作戦」と言ってもよいくらいなのだけれど)が、その後の帝国の植民地政策における理念型を提供するのだ、という戦前の歴史家の提言である。植民地政策にあたった機関や人物が松前藩の政策を参考にしたかどうかは別の研究が必要だと思うけれど、少なくとも、膨張政策を「列島」内におけるアイヌ同化政策の「成功事例」の反復とみなす思考があった。